事業撤退に伴う配置転換が、社内知識移転を促進する
多数の事業を抱える多角化企業では、定期的に事業分野の見直しが行われます。このとき、米国の会社だと閉鎖が決まった部門の人員の雇用調整が行われますが、雇用維持が優先される日本では配置転換が選択されることが多くなります。
横浜国立大学の横田一貴先生は、論文「戦略的撤退がもたらす社内知識の移転」で、この事業撤退に伴う配置転換が、社内の知識移転に貢献しているのではないか—そのような仮説をたて、これを三菱電機の携帯電話事業から実証をしました。
事業撤退時のオプション
ある事業分野からの撤退が決断されるとき、その閉鎖部門についてはいくつかの対応パターンがあります。第一は事業売却です。設備や人員、サプライチェーンに加え、顧客ネットワークも含めて、引受先を探すかたちです。第二は、事業閉鎖とそれに伴うリストラです。事業の引受先が無いとき、あるいは事業売却が自社の重要競合先を利することになる場合、事業は閉鎖が選択されます。ここで余った人員については雇用調整の対象とされます。
第三のアプローチが、事業閉鎖しつつ、余剰人員を別部門に配置転換する形です。長年、人の雇用を大切にしてきた日本の大手企業では、ある部門を閉鎖するときには、その閉鎖部門の人員をいかにしてか社内別事業部門で吸収するかたちが取られることがありました。
これは働き手にとっては嬉しい形ではありますが(特にかつては中途採用市場が活発ではなかったため)、会社をめぐるステークホルダーからすれば必ずしも嬉しい形ではありません。社内で余剰な人員がだぶつき、会社の売り上げは減る一方でコスト構造は変わらず、会社の構造改革のスピードを遅らせることになりかねない。そのため、温情主義的ではあるけれども競争の観点からすれば甘すぎるともみられていました。
横田先生はこの産業界の見立てに対して挑戦をします。
撤退による配置転換が、会社の競争力向上に寄与する部分もあるはずだ、と。
これを検証する第一歩として、技術・イノベーションの観点から、撤退部門の開発者たちが別部門に移動することで、元の知識が他部門に生かされるようになるはずだ……というのを検証したのが今回の論文なのです。
戦略的撤退に関する、エビデンスの積み上げの必要性
横田先生は携帯電話事業から撤退した三菱電機を分析の対象とします。そして、撤退をしなかったソニーとの対比から、三菱電機の中において、確かに撤退による配置転換が別部門の技術開発に生かされていたことを実証しています。日本企業らしい、従業員を大切にする経営によって、大切にされた従業員が他部門でしっかり活躍していることが明らかになったのです。
ただし、この研究によって「戦略的撤退において配置転換による人員吸収が望ましい」とするにはまだハードルが高くあります。製造はどうか、営業はどうか、総じて財務としてはどうなのか、というのは本論文の対象外です。また、三菱電機の携帯電話事業からの撤退という1事例であるため、他のケースで同じことが観察されるか、という問題も残ります。
さらに言えば、この1事例についても、技術者が別の事業部門でその知識を移転させて新しい技術開発に貢献していたことは事実であるとしても、それが当該事業分野での競争優位の確立に寄与していたとか、財務的に十分にペイする配置転換であったとも言えません。
それでもなお、技術者は配置転換された先で、かつての分野で得た知識を新分野で生かして活躍している、ということが明らかになったのがこの論文の重要な成果です。
経営サイドとしては、閉鎖を決めた事業分野の知識のうちで、社内の別分野で活かせる知識があるなら、その分野への配置転換も積極的に考えるべきだ、ということが言えるでしょう。ですが、その判断には、競争合理性や、数字に表れない従業員たちの心理なども総合的に勘案される必要があります。
横田先生の研究は、そうした意思決定の一助となる、大切なエビデンスの積み上げです。
