はじめに 社会的ジレンマとオンラインコミュニケーション
私たちは日常的にチャット、メール、Web会議などを活用しています。
しかし、便利であるこれらのツールも使い方を誤ると、部門間の対立やチーム内の協力不足といった「社会的ジレンマ¹」と呼ばれる状況を悪化させる可能性すらあります。
今回解説する、マーケティングジャーナル45巻2号の論文「社会的ジレンマにおけるオンラインでのコミュニケーションの効果」は、まさにこの問題に光を当てる研究です。本稿では、前半で論文を要約し、後半では実際に日々の業務や組織運営にどのように活かせるのか、具体的なシーンを想定して解説します。
【論文要約】オンラインコミュニケーションは協力行動を促進するのか?
なぜ、オンラインでの協力は難しい場合があるのでしょうか?
オンライン環境は、時に対面よりも協力行動を引き出すのが難しくなることがあります。これは「社会的ジレンマ1」の状況下で特に顕著です。
なぜなら対面に比べて相手の表情や声のトーンといった非言語的キュー2が伝わりにくく、相互の信頼関係を築きにくいからです。また、匿名性が高まることで、自分の利益を優先する行動(非協力的な行動)への心理的なハードルが下がる傾向があるためです。
オンラインコミュニケーションは常に協力の妨げになるのでしょうか?
オンラインコミュニケーションが協力の妨げになるとは限りません。コミュニケーションが全くない状態と比較すれば、オンラインであっても何らかのコミュニケーションを行うことは、協力行動を促進する効果があります。
オンラインコミュニケーションの中でも、協力促進効果に違いはあるのでしょうか?
協力促進効果に違いはあります。特に、テキストチャットのような「リーン(貧弱)な」メディアよりも、ビデオ会議のような「リッチ(豊か)な」メディアを用いたコミュニケーションの方が、協力行動をより強く促進する傾向が見られました。後者では、テキストのみの場合よりも多くの情報(表情、視線、声の抑揚など)を伝えることができるからです。
これにより、相手への共感や親近感が生まれやすく、社会的プレゼンス3(相手がそこにいるという感覚)が高まります。結果として、相互の信頼醸成が促進され、協力的な規範が形成・維持されやすくなるためです。
論文の結論
オンラインコミュニケーションは、社会的ジレンマの状況において協力行動を促進する可能性を秘めたツールですが、その効果はコミュニケーションの「豊かさ」4に依存します。
全くコミュニケーションがないよりは、オンラインでも対話する方が協力は生まれやすいです。しかし、より高いレベルでの協力や信頼関係の構築を目指すのであれば、可能な限り「リッチな」コミュニケーション手段を選択することが重要である、というのが結論です。
【ビジネスへの応用】研究成果をどう活かすか?
この論文の知見は、現代のビジネスにおける様々な場面に応用可能です。
リモートチームの生産性を高めるコミュニケーション戦略
課題: リモートワーク中心のチームでは、メンバー間の連携不足や、共有リソースへの貢献意欲の低下といった問題が発生しがちです。
応用: チームの立ち上げ時や重要な意思決定、キックオフミーティングなど、相互理解と信頼醸成が特に重要な場面では、積極的にビデオ会議を活用しましょう。
論文が示す通り、ビデオ会議のようなリッチなコミュニケーションは、表情や声のトーンを通じて共感や親近感を育み、チームとしての規範(「お互いに協力し合おう」「積極的に情報共有しよう」)を形成しやすくするからです。
日常的な業務連絡はチャットでも構いませんが、ビデオ会議を定期的に設け、「カメラオン」を推奨することも、この効果を高める一助となるでしょう。
部門間の壁を壊し、全社的な協力を促進する
課題: 各部門が自身の目標達成を優先するあまり、他部門との連携が滞ったり、リソースの奪い合いが発生したりすることがあります(=組織内の社会的ジレンマ)。
応用: 部門横断的なプロジェクトや重要な連携事項については、関係部署の担当者が定期的に集まるオンライン会議(可能であればビデオ会議)を設定しましょう。
テキストベースのやり取りだけでは、誤解されたり、形式的な情報交換に終始したりしがちです。顔が見えるリッチなコミュニケーションにこだわりましょう。「自分の部署さえよければ」という思考から、「会社全体のために協力しよう」という意識への転換を促すことができます。
サプライヤーやパートナーとの良好な関係を築く
課題: サプライヤー(製品やサービスの供給源として機能する企業や個人)やビジネスパートナーとの間では、短期的な自社利益を優先する結果、長期的な関係性が損なわれる状況(=企業間の社会的ジレンマ)が起こりえます。
応用: 単なるメールでの条件提示や依頼だけでなく、定期的なオンライン面談(ビデオ会議)を設けましょう。
これにより長期的なパートナーとしての意識が醸成され、互いに協力し、公正な関係を維持しようという動機付けが高まります。
オンラインコミュニティや顧客エンゲージメントの活性化
課題: 企業が運営するオンラインコミュニティ(顧客フォーラム、SNSグループなど)で、一部のユーザーしか発言しなかったり、有益な情報共有が進まなかったりする状況(=コミュニティにおける社会的ジレンマ)は珍しくありません。
応用: コミュニティ内で、運営側が積極的にビデオを用いたライブセッションやQ&Aイベントを開催したり、メンバー同士が交流できるオンラインイベントを企画したりすることを検討しましょう。「ROM専(読むだけの人)」から脱却して、コミュニティ全体の活性化をはかりましょう。
結論:目的に応じたオンラインコミュニケーションの戦略的活用を
本論文は、オンラインコミュニケーションが社会的ジレンマにおける協力行動に与える影響を明らかにし、特にコミュニケーションの「豊かさ」が重要であることを示しました。
複雑な合意形成が求められる場面では、安易に「リーン」な手段に頼らず、ビデオ会議など「リッチ」なコミュニケーションの機会を意識的・戦略的に設けることが、組織やチームの協力関係を強化し、ビジネスの成功確率を高める鍵となるでしょう。
- 社会的ジレンマ (Social Dilemma): 個々の構成員が自身の利益を最大化しようと行動した結果、集団全体としては望ましくない結果を招いてしまう状況のこと。例えば、共有資源の枯渇(共有地の悲劇)や、公共財への貢献不足(フリーライダー問題)などが挙げられます
↩︎ - 非言語的キュー (Non-verbal cues): 言葉以外のコミュニケーション要素のこと。表情、視線、声のトーン、身振り手振りなどが含まれます
↩︎ - 社会的プレゼンス (Social Presence): コミュニケーションにおいて、相手が「そこにいる」という感覚や、相手との心理的な距離感のこと。リッチなメディアほど社会的プレゼンスは高まる傾向があります ↩︎
- コミュニケーションの豊かさ (Communication Richness): コミュニケーションメディアが伝えられる情報量や手がかりの多さを示す概念。フィードバックの速さ、伝えられるキューの種類(言語、非言語)、メッセージの個別化の度合い、言語の多様性などによって決まります。一般的に、対面>ビデオ会議>電話>メール>手紙・メモ の順にリッチであるとされます ↩︎
