その投資、誰が決めた? 組織を動かす“資金政治”の舞台裏
企業内の“見えない市場”がパフォーマンスを左右する
慶應義塾大学・牛島辰男先生による本稿は、多角化企業が社内の異なる事業にどう資金を配分しているか、そのメカニズムに注目したものです。この仕組みは「内部資本市場」と呼ばれます。外部の金融機関や株主を介さず、社内で余剰資金を融通し合うしくみであり、実はどの大企業にも少なからず存在しています。
たとえば、収益を上げている既存事業の資金を、将来有望な新規事業に投じる、といった動きがこれにあたります。うまく活用すれば、企業全体としての成長力が高まります。
このような資金の再配分によって得られる効果として、以下の2つが代表的です。
・ウィナーピッキング:勝ちそうな(=高成長な)事業に重点的に資金を投じることで、企業全体のリターンを最大化するアプローチ。
・コインシュランス:不調な事業が出たとき、他の好調な事業の収益で一時的に支える“社内保険”のような働き。
しかし一方で、各事業部が自部門の利益確保に走り、本社を“説得”して資金を引き出そうとすることで、社内政治が資本配分に影響を及ぼす「ダークサイド」の側面もあります。このような配分の歪みが放置されると、成長すべき事業への投資が遅れ、企業の価値が低下してしまいます。
日本企業に見られる構造的な問題
牛島先生は、日本企業において内部資本市場の非効率性が起こりやすい背景として、「事業部制と職能別組織の混成型が多い」という点を指摘しています。
事業部制とは、製品やサービス単位で部門を分け、それぞれが独立採算で動く組織形態です。
一方、職能別組織とは、営業・製造・開発など機能別に組織を構成する方式です。多くの日本企業では、これらを組み合わせた「混成型」を採用しており、これは一見バランスが取れているように見えます。
しかし、この混成型では、事業部門が完全な裁量や自立性を持ちにくく、本社の関与が大きくなりがちです。たとえば、営業や開発といった機能部門が本社側に残ることで、現場からの情報や意思決定が本社を経由する形になり、意思決定のスピードが落ちるのです。
さらに本社機能が強すぎると、現場の細かな情報(ソフト情報)が正確に上に伝わらず、机上の空論に基づく資金配分が行われがちです。また、「公平に配る」ことが重視されすぎると、成長分野に集中的に投資すべき資金が、“みんなに少しずつ”という形で分散されてしまう現象も起きます。この傾向は、牛島先生が「企業社会主義」と呼ぶものに近く、結果的に内部資本市場の機能不全を招くのです。
実務に応用する視点:あなたの会社の資本配分は合理的か?
本稿の知見をもとに、企業の現場で活かせるポイントをいくつか挙げます。
1.【トップマネジメントへ】「お節介な本社」になっていないか?
本社がすべてを決めようとすると、現場の事情が反映されないまま資金が配られるリスクがあります。本社は調整役に徹し、現場が柔軟に動けるよう「方針とガードレール(逸脱を防ぐ最低限のルール)」だけを示すのが理想です。
2.【ミドルマネジメントへ】“誰が言ったか”より“何を言ったか”が評価される仕組みに
実際の投資判断では、部門長の評判やトップとの関係性が影響する場合もありますが、計画の質や成果に基づいた評価指標を整備することで、公正な配分が可能になります。
3.【全社で】社内政治が資金配分を歪めていないかを点検せよ
特定の部門が過剰に影響力を持つと、全体最適が損なわれます。第三者的な視点を持つ審査委員会の設置や、AI・データ分析による資本配分のシミュレーションを取り入れるなど、仕組みの透明化が求められます。
今後の研究と、日本企業への示唆:牛島先生の考察より
1.変わり続ける組織構造に目を向けて
多くの日本企業は、過去に事業部制や職能制のバランスを見直しながら組織構造を変えてきました。この変化と資本配分の効率性の関係を追跡すれば、組織改革の成果を測る一つの手がかりになります。
2.産業の栄枯盛衰を“内部資本市場”の目で見る
日本の半導体(例:DRAM)や液晶産業は、家電メーカーや通信企業の社内事業部門から生まれました。専業企業ではなく、多角化企業が担い手だったことからも、社内資本の融通(内部資本市場)が重要だったといえます。一方で、これらの事業撤退が遅れた背景には、内部資本市場の“政治性”や“硬直性”もあった可能性が高いと著者は指摘しています。
3.資源再配置の成功事例から学べ
たとえば、富士フイルムは写真フィルム事業が縮小する中、そこで培った技術を医療・化粧品など新規分野に展開しました。この際、資源(技術・人材)を移すだけでなく、別の事業(複写機事業)から資金を調達することで、新規事業に必要な投資を可能にしたのです。これは内部資本市場の「ブライトサイド」が有効に働いた典型例といえます。
おわりに
内部資本市場とは、単なるお金の配分ルールではありません。それは、企業文化・組織構造・人間関係といった見えにくいものが濃密に絡み合う、「組織の縮図」です。
だからこそ、企業の変革や成長において、この“社内の資金の流れ”を可視化し、見直すことが、最も本質的な第一歩になるかもしれません。
