経営学をはじめとする学術的な知見は、実践とどう結びつくのか?誰しも一度は考えたことがあるのではないでしょうか。University of Illinois at Urbana-ChampaignのShinjinee Chattopadhyay先生らの論文「Free range startups? Market scope, academic founders, and the role of general knowledge in AI」では、驚くべき事実が明らかになりました。学術起業家(academic founder / academic entrepreneur:創業時に大学に所属していた人物……教授、研究員、研究科学者、ポスドクなど)を含むスタートアップは、高い市場適用性を持つ(=プロダクトやサービスが、多様な市場にまたがって使われる)ことがわかったのです。
研究の目的
スタートアップの市場スコープは、その技術がどの程度、多様な市場に適用可能かに左右されます。特にAI分野では、従来の産業に比べて下流市場への参入障壁が低いと考えられています。これをまとめると以下のように整理できます。例えばバイオテクノロジーでは、最終プロダクトの提供までに製造設備、流通網、規制対応など多くの補完的資産が必要である一方で、AI分野では基本的にデジタル技術であり、大規模な物理インフラや流通網が不要かつ、クラウド環境や既存プラットフォームを活用できるため、少人数のチームでもすぐに下流アプリケーションを開発・提供できることがわかります。
| 上流 基礎研究、技術開発 | 下流 サービス、プロダクト | |
| 従来の産業|例)バイオテクノロジー | 新薬候補の発見 遺伝子工学の研究 臨床試験 | 医薬品製造、販売 ワクチン供給 診断キット提供 |
| 本論文|AI分野 | アルゴリズム 基盤モデル・データ処理技術 | 医療診断ツール チャットボットなど |
研究手法
米国のAI分野のスタートアップ988社を対象とし、2つの内容を調べました。
①各社の創業メンバーに学術起業家が含まれるかどうか?→CrunchbaseやLinkedInで創業者の経歴を調べる。
②市場適用性ーすなわち、その技術がどれだけ多くの市場で使える可能性があるか?→スタートアップのデータベース(具体的にはPitchBook)上に掲載されている verticals(=産業分野) の数とみなす(=操作化)。
つまり、データベース上でverticalsが多いほど市場適用性が高い企業とみなされます。
両データから、回帰分析を行いました。
結果
この結果、創業メンバーに学術起業家を含むスタートアップは、平均して12%高い市場適用性を持つことが分かりました。その理由は、知識創造アプローチで説明がつきます。すなわち学術起業家は、研究を通じて ”general knowledge” 、特定分野に閉じない汎用的な知識を生み出しやすいため、作るプロダクトやサービスが様々な分野に応用でき、結果的に市場の広がりが大きくなるというものです。しかし、非学術起業家は顧客需要に基づき、言わば限られた領域での問題解決を志向するため、結果的に市場適用性が限定的となります。また、商業化アプローチ: 学術起業家が「特許やライセンスの販売、技術の売却」によって幅広い市場に展開しているという説は(予想に反して)成り立ちませんでした。
まとめ
AIのように下流参入障壁が低い分野では、学術的創業者が持つ知識の一般性がより直接的に市場スコープに結びつくことがわかりました。これは、産業の性質と起業家のバックグラウンドとの相互作用を示す新しいエビデンスとなります。
この発見は、様々な示唆を与えてくれます。
●投資家へ
創業チームに研究者(博士号・ポスドク・教授など)が含まれることは、市場の広がりを生むポテンシャルのシグナル。投資判断において、研究者の経歴は単なる専門性の証明ではなく、市場拡張力の指標として有効。
●政策立案者へ
学術出身の起業家を支援するインキュベーションや大学発ベンチャー政策は、新市場創出や産業横断的イノベーションの促進に効果的。
●起業家・企業家へ
研究者は「市場に弱い」と見なされがちだが、AIのような産業ではむしろ 知識創造の強みを直接市場に結びつけられる。非学術的な起業家にとっては、学術的バックグラウンドを持つ人材を創業チームに加えることが、応用範囲の拡大につながる可能性。
ぜひ、我が国での実務現場にも取り入れたい研究成果です。
