近年、あらゆる業界で自社内の資源だけでは研究開発が難しくなり、オープン・イノベーション(OI)の重要性が高まっています。OIは、知識の吸収や知財管理の難しさ、機会主義的行動のリスクなど、課題も多くあります。
特に、離職者によって外部へ流出した知識を還流させる仕組みは十分に解明されていません。最近でこそ”アルムナイ”という言葉が徐々に定着してきたものの、日本の雇用慣行では終身雇用が一般的であったため、離職者を裏切り者とみなすような文化もあったと言えます。
このような中で、一橋大学の新田隆司先生の論文『組織移動から始まるオープン・イノベーション―離職者との共同研究開発を通じた知の「探索」と「活用」―』では離職者に着目し、知の探索と知の活用がどのように結びつくのかを明らかにしました。
研究の目的と手法
研究者の組織移動を契機としたOIの実現プロセスを明らかにすることを目的とし、ケーススタディ(一社の事例研究)を行いました。
対象はセラニーズ社(米国に本社を置く石油化学製品・プラスチック製品等を製造するグローバル企業)で、1980~2010年に行われた燃料電池用の電解質膜の研究開発・事業化のケースです。
データとして、論文・特許や当該研究開発に関するプレスリリース、研究開発の報告書を用いたほか、当事者2名へのインタビューおよびメール調査を行いました。
この2名のうち、B氏は後に退職(キャリア上の最初の上司がC氏)、C氏(B氏の上司)は残留するというキャリアを辿りました。
研究で明らかになったこと
【B氏・C氏の関係性】
インタビューから、B氏とC氏は強い信頼関係で結ばれていることがわかりました。
よきパートナーとしてキャリアを歩んでいた両氏でしたが、セラニーズ社が事業再編の一環で整理解雇を行う情報を知ったB氏は、それに先んじて退職をします。B氏は他メーカーや研究所を経て、大学に移り、研究者としての道を歩むことになりました。その間も、両氏は密に連絡を取り合っていたと言います。
【共同研究開発へ】
セラニーズ社が新たなプロダクト開発を模索している中で、残留していたC氏は、当該分野でのパートナーとしてB氏の名前を挙げ、共同研究体制が構築されました。
その結果が以下のようにまとめられます。
探索:B氏(大学側)が新しい高分子膜技術を探索・開発
移転:C氏(セラニーズ社)が中心となり、頻繁な訪問・学生派遣・対話を通じて知識が社内に移転
活用:セラニーズ社は自社の高分子化学ノウハウと統合し、プロダクト(Celtec®)を上市
成果:22件の特許出願、世界初の高温作動型MEA製品化、事業化に成功(後にBASFが買収)
この過程で重要だったのは「個人間の信頼関係(=関係的社会関係資本)」です。これは、個人間の関係性が過去の社会的相互作用の結果として結ばれている場合に構築される社会関係資本です。このような信頼があったからこそ、知識の融合や移転が円滑に進み、組織間関係へと発展したと考察しています。
結論・示唆
本研究は以下のようにまとめられます。
- 離転職は単なる知識流出ではなく、外での探索→社内への還流というOIの機会になり得る。
- 個人間の信頼関係は極めて重要で、組織間の協働や知識活用の基盤となる。
- 実務的含意として、優秀人材を無理に囲い込むよりも、離職後の関係性を維持することが企業成長につながる可能性がある。
この意味でも、近年日本社会においても話題になっているアルムナイなどは、OIにとって良い兆しなのかもしれません。
記事原案 こず
