歴史書は真実の歴史を語らない
歴史書というものは、歴史を語るものではない—。これは歴史研究者の間ではある種の常識のようなものです。歴史書は、その時代の背景のなかで、その歴史書を作成する者の意図に沿って編纂されたものであり、基本的に歴史書とは利用することを念頭に”つくられる”ものなのです。
歴史書は、利用されるために、つくられたもの。これを受け入れてしまうことが本論文のスタートです。会社が歴史書をつくるとき、そこには作り手として事業活動に活用する意図が必ず入り込んでいる。
広島修道大(当時)の中園宏幸先生と日本大学の長谷部 弘道先生による論文『歴史を資源として使う工夫』は、稀代の経営者である松下幸之助という存在をどう扱うかということがその後の経営者たちのひとつのテーマとなりました。たびたび編纂された歴史書が、どういう意図で、どのように執筆されたのかを紐解いていくことで、中園先生たちは松下幸之助の言説をどう経営に生かしてきたのかを分析しています。
パナソニックはいかに歴史を自社の資産としてきたか
中園先生たちの丹念な読み込みから、パナソニックは各時代において歴史書を以下のように使ってきたことが分かりました。
●幸之助が社長の時代に最初に作成された、企業の理念を語る「35年史」
幸之助は35年史を編纂する中で、会社としての大切な考えが誰にでも伝わるようにすることを意図しました。自らの考え、方針が社内に広く浸透するようにと作られたのが当時の社史でした。
●松下正治への代替わり後の、創業者を神格化する「50年史」
幸之助から代替わりしたのちに、創業者がいかに偉大であったのか、その求心力を強めるものとして、幸之助の神格化が行われた。一代記として、歴史上の人物への格上げが図られました。
●没後のさらなる神格化「75年史」
創業者の偉大さをたたえ、神格化がさらに図られました。同時期、創業者が残した様々な取り組みが不可侵のものにもなっていきました。
●中村邦夫社長のもとでの、変革の必要性を書いた「30年史」
2000年頃、パナソニックは業績の低迷に苦しんでいましたが、そこで改革を断行したのが中村邦夫社長でした。彼は会社の様々な部分で老朽化した仕組みを改革する必要性を感じていましたが、神格化された幸之助の威光がそれを阻んでいました。しかし、中村邦夫社長は入社の決め手が松下幸之助の存在や言葉であったほどに幸之助の支持者であり、「いま幸之助が生きていたら」という考え方のもとに改革を進めました。
その過程で「改革の30年史」とされた70年代以降のパナソニックの歴史を書いた本では、松下幸之助の言葉が再解釈され、中村社長の改革を後押しするものとして使われていきました。
●津賀社長による公共性の付与「100年史」
2012年から社長となった津賀一宏は、創業者の個人崇拝を避け、その代わりに創業者の言葉をより公共性の高いものとしてとらえ、会社としての基本的な理念・精神として再定義しました。

現代を生きる人のためにこそ、歴史はうまく使われていく必要がある
パナソニックの社史の変遷からは、それぞれの時代において、会社で必要とされる形に工夫が施されて歴史書が作られていったことがわかります。この論文からは、歴史書というものがそうした意図の産物であるということも学ぶべきことです。歴史書は、そこに書かれたものが真実であるというフラットな見方をしてはいけないものではあるのです。
ですが、それ以上に大切なことは、歴史はいわば「現代の人のために、使うもの」だという考えを受け入れてしまうことです。そのためには、歴史に向き合う人はうまく解釈をし直したりすることが大切になる。
アップルもオメガもシャネルも、あるいはトヨタもソニーも、その会社がたどってきた歴史は、常にその会社の競争的資産として活用されてきました。本論文は、歴史がいかに時代時代にあって会社の戦略に使われてきたのかを活写するものとして、非常に注目すべき論文です。
最後に。例外的ではありますが、本論文はぜひ皆さんに原文を読んでもらいたい論文です。難しいことばは使われておらず、学術的でありながら読みごたえのある文章となっています。学会賞も納得の、大変示唆に富む論文です。
