日常的な経済行動は感情にどのような影響を与えるのか?

日常的な経済行動は感情にどのような影響を与えるのか?

消費と貯蓄が「日常の心」に与える影響 ―経験サンプリング法によるリアルタイム調査―

研究の背景と目的:日常の「瞬間」を捉える

私たちが買い物や貯金をしたとき、その瞬間に心の中では何が起きているのでしょうか? これまでの研究は、非日常的な実験室でのテストや、特定の場面を想定して回答してもらう質問紙調査、あるいは過去を思い返して答える形式が主流であり、日常生活の中で刻一刻と変化するリアルな感情を捉えるには限界がありました。

東洋大学の尾崎由佳先生の論文「日常的な経済行動が感情に与える影響― 経験サンプリング法を用いた検証 ―」では、「経験サンプリング法(ESM)」を採用し調査を行いました。経験サンプリング法は、調査対象者が普段通りの生活を送る中で、1日に数回、その瞬間に生じている思考・感情・行動をその場で報告してもらう調査手法です。

今回は、日本国内在住の21歳から67歳までの男女71名(男性33名・女性38名、平均年齢42.2歳)を対象に調査を実施しました。 参加者はスマートフォンを使用し、1日4回、7日間にわたって「今、この瞬間」の行動と感情をLINEを通じて回答することで、極めて精度の高い「リアルな心理変化」を記録しました。

発見①:買い物(消費)は心を「ポジティブに高揚」させる

データ分析の結果、買い物をした直後には、「うれしい」「楽しい(うきうきした)」といったポジティブで活動的な感情が高まる傾向が確認されました。

ポイント: 消費は単なる満足感にとどまらず、心に「ワクワク感」や「活力」をもたらす、利得(獲得)を重視したポジティブな行動として機能していることが示唆されます。

発見②:貯蓄は「心の守り」として機能する

貯蓄については、すべての人に同じ効果があるわけではなく、その人の置かれた状況によって効果が変わるという興味深い結果が出ました。

「安心」を感じる条件: 客観的な収入の多寡ではなく、主観的に「お金にゆとりがない」と感じている人の場合、貯金をすることで「リラックス」や「穏やかさ」といった安心感を得られることがわかりました。

ポイント: 貯蓄は「攻め」の楽しさではなく、不安を解消し、心理的な安定を確保する「守り」の感情調節ツールとして機能しています。

感情を左右する「個人差」の正体

本研究では、個人の性格特性として「制御焦点」(得を重視する「促進焦点」か、損を避けることを重視する「予防焦点」か)に注目しています。

「損を避けたい」タイプ(予防焦点): この傾向が強い人ほど、全体的にネガティブな感情(イライラなど)を感じやすく、また貯蓄をしてもすぐにリラックスした状態になりにくい傾向が見られました。

重要性: 同じ金額を動かしても、その人が「得をしたいタイプ」か「損をしたくないタイプ」かによって、得られる幸福の質や感情の反応が異なることを示唆しています。

この研究がもたらす価値

消費者のリアルな姿: 従来のアンケートでは見えてこない、生活の中の「微細な感情の揺れ」や、個人内の変動をデータで証明した点に大きな価値があります。

マーケティングへの応用: 「ただ売る」だけでなく、消費者がどのタイミングで、どんな感情(高揚感なのか、安心感なのか)を求めているのかを理解し、一人ひとりの属性や状況に合わせた戦略を考案する重要性を示しました。

結びに代えて

本研究は、最新のデジタル技術と心理学的手法を組み合わせることで、私たちの日常的な経済行動が「心」にどのようなインパクトを与えているかを可視化しました。消費や貯蓄が単なる金銭の移動ではなく、人々の幸福感や安心感を形作る重要なプロセスであることを示す本知見は、今後のマーケティングや消費者理解において新たな指針となるでしょう。

記事原案 こず

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