アイデアを「選ぶ」瞬間への注目
多様性、心理的安全性、アイデアへの心理的な思い入れ……。これらは、イノベーションを実現する上で、いずれもプラスに働きうる要素だと考えられてきました。しかし、それは「アイデアを選択する」というフェーズに絞って言うと、場合によってはネガティブに作用するかもしれません。
明治大学の谷口諒先生たちは、論文『創造的なアイデアを「選ぶ」』において、従来はイノベーションのために大切とされてきた上記の3要素が、むしろ創造的な案を回避する方向に働かせてしまう可能性について言及しました。
多様性、心理的安全性、心理的所有感は本当にプラスか
イノベーションは、業界を刷新しうる創造的なアイデアから始まります。創造的なアイデアを獲得するためのステップは、2つに分解することができます。アイデアを出すフェーズと、出されたアイデアの中から1つを選ぶフェーズです。
旧来、学術界ではここを2ステップに分けて個別に検討することはあまりされてきませんでした。一方で、実務の世界ではアイデア出しとアイデアの選択を「発散と収束」と呼び、イノベーション活動の重要なステップとしてモデル化し、運用されるようになっています。
典型的にはデザイン思考の「ダブルダイヤモンドモデル」と呼ばれるものが挙げられます。このモデルの中では、解くべき問題について発散と収束が行われ、次にはその問題の解法について発散と収束を行うという、2段階のアイデア出しと絞り込みとを行うことで、十分な思考と議論を行うことを担保するのです。

谷口先生たちはここに着想を得て、これまでの研究はもっぱらアイデア出しにだけ注目してしまっていたのではないか?と考えます。そして、アイデアを選ぶ側面に注目すると、従来はよいとされていた組織・チーム特性のうちの少なくないものがネガティブに作用する可能性を指摘したのです。
●メンバーの多様性
多様であることはアイデアを出す段階では有用だし、選ぶ際にもさまざまな観点から評価が行われることから基本的にはプラスに働くのではないかと考えられる。だが、アイデアの有用性を理解するために、特定の専門領域について深い知識が必要となるような状況においては、メンバーの多様性は、優れたアイデアが出されていながらも「多くのメンバーにとってはその有用性が分からないアイデア」と見なされる可能性が高くなってしまう。
すなわち、多様性はその期待とはうらはらに、アイデアを浅く薄く評価する結果になる可能性がある。
●メンバーの心理的安全性
心理的安全性とは誰も彼もが安心して自分の意見を言うことができ、その意見がまたよく拾われる状況を指します。これはつまり、あるアイデアに対するネガティブな評価がよく聞かれ、よく拾われることになるため、結果として心理的安全があるチームほど、皆がポジティブな意見を持ちやすい総花的なアイデアに着地する可能性にはまる懸念があります。
●メンバーのアイデアへの心理的所有感
心理的所有感とはつまり「自分の」「自分たちの」という思い入れです。これはアイデアへのポジティブな心理的コミットメントになると考えられており、やり切る力、自分ごととしてとらえる力として前向きに評価されます。しかし、特定のアイデアへの固執を生むことになりますから、別のアイデアを柔軟に採用するうえではネガティブな影響を及ぼす可能性があるのです。
谷口先生たちはこうした可能性を指摘し、今後、統計的に、アイデアを選ぶ段階でのチームの動きを分析していく必要性を論じたのです。
何のための多様性なのかをもう一度問い直す
本研究は純粋な理論研究で、実証については今後のテストを待たねばなりません。が、理論的には先生方が展開した話は頷けるもので、私たちはとくに「アイデアを選ぶ」段階での多様性、心理的安全性、心理的所有感が、無難なアイデアへの着地を導く結果となってしまっていないかを、よくよく確認していく必要があります。
実際、突出したアイデアは、カリスマがそのアイデアや実現をけん引するからこそ実現するとする研究成果もあります。ジョブズがiPhoneを生み出したように、一人の人間がこだわるからこそ、尖ったアイデアが実現することは、実は過去にも自動車産業などで検証されているのです。
この論文から私たちが学ぶべきことは、多様性や心理的安全といった言葉で思考停止にならないようにすることでしょう。多様性がユニークなアイデアにマイナスに寄与していそうなとき。皆の意見をちゃんと聞くことで、無難な着地になりそうなとき。目的と手段を混同してはいけません。多様性や心理的安全は、この場合、あくまでイノベーションの手段です。ユニークなアイデアに結実させるという目的に照らして、それらが狙ったように機能しないときには、ものごとの決め方、進め方を今一度洗い直してみるとよいでしょう。
