会社の借金返済が迫ると、現場の雇用が削られる?
業績悪化によるリストラはよく聞きますが、実は資金繰りという財務上の理由だけでも、企業は密かに人件費を抑制していることをご存じでしょうか?
このシビアな問いに対し、東京経済大学の金 鉉玉先生と藤谷 涼佑先生による研究「長期負債の返済と雇用水準の変化」は、膨大なデータから資金調達と雇用調整のリアルな実態を解明しました。予測不能な時代に、現場を守るための意外なヒントをご紹介します。
負債の返済が迫ると雇用は抑制される
この研究では、2000年度から2018年度までの日本の上場企業(金融業を除く45,630企業/年)の有価証券報告書に開示されているデータをもとに、多変量解析による検証から企業の資金繰りと雇用調整のリアルな実態を明らかにしました。この分析結果によると、翌期に総資産の5%を超える大規模な長期負債の返済を迎える企業は、そうでない企業と比較して、当期の雇用水準を減少させるか、もしくは雇用の増加を抑制していることが明らかになりました。つまり、企業は負債返済に向けた資金を確保する目的で、将来支払う予定だった給与や退職給付などの人件費の削減を行っている実態がデータから裏付けられたのです。
財務情報の質と銀行との関係が鍵
しかし、すべての企業が等しく雇用調整で資金を捻出するわけではありません。調査結果によれば、この負債返済と雇用水準の負の関係は、財務情報の質が高い企業ほど弱くなることが判明しました。財務情報の質は、会計上の利益と実際の現金収支との間のズレなどを基準としており、財務情報の質が高い企業は、経営の透明性が高く外部から新たに資金を調達しやすいため、無理に雇用を削る必要がないということです。また、銀行企業間関係が強い企業でも、同様に雇用への影響が弱まることが確認されました。銀行との強固な結びつきが情報の非対称性を和らげ、外部資金の調達ハードルを下げるためです。
情報開示と銀行関係は補完し合う
さらに実務的に興味深い知見として、これら財務情報の質と銀行との関係の2つの要素が、資金調達において代替的に機能することが示されました。
分析によれば、銀行との関係が弱い企業においては、財務情報の質を高く保つことが雇用調整を回避するために非常に強い効果を発揮します。逆に、メインバンクと強いパイプがあり、非公開のチャネルで緻密な情報共有ができている企業では、公開される財務情報の質が雇用に与える影響は小さくなります。企業は、資金需要の増加に直面した際、自社の置かれた環境に合わせて質の高い情報開示か銀行との関係強化のいずれかを機能させ、外部からの資金確保を行っていると言えます。
予測不能な時代の資金と組織の守り方
いざという時の資金確保手段が企業の生命線となりますが、そのしわ寄せを現場の雇用に向かわせないための事前策が重要です。その実務に活かせるポイントは以下の通りです。
平時からの透明性の高い情報開示(IR)の徹底
銀行との結びつきが相対的に弱いベンチャー企業や新興企業ほど、ステークホルダーに向けた財務情報の質を高めることが急務です。これにより、有事の際の外部調達コストを下げ、安易な人員削減や採用停止を防ぐことができます。
ステークホルダーとの関係性の再評価
自社のメインバンクとの関係性が単なる取引先にとどまっていないか見直す必要があります。私的なチャネルを通じた緻密な情報共有が、将来的な資金繰り悪化時の防波堤になり得ます。
人への投資を止めないための財務戦略
リスキリングや人材育成が重視される昨今、短期的な資金繰りのために人材を手放すことは、中長期的な競争力低下に直結します。資金計画と人員計画は分断して考えるのではなく、一体の戦略として統合することが求められます。
企業の財務戦略は、単なる数字のやり繰りではなく、従業員の生活や組織の未来を守るための重要な盾となります。つまり、人を切らずに資金を確保する企業体力をつけるには、情報開示やステークホルダーとの良好な関係を平時から構築してゆくことが鍵となるのです。
