「もう少し爽やかな感じでお願いします」
商品の打ち合わせで飛び交う、こんな曖昧な言葉。出席した5人がそれぞれ違う「爽やか」を思い浮かべたまま会議が終わり、1週間後に上がってきたデザインを見て誰かがつぶやきます。
「そうじゃないんだよなあ……」。
生成AIで画像が作れることは知っていても、実際の現場でどう使うのかに頭を抱える企業は少なくありません。
ツールを導入してみたものの、結局、休憩時間に猫の画像を作って終わってしまった。そんなケースもあるでしょう。
では、生成AIはデザイン業務をどう変えるのでしょうか。デザイナーの仕事を置き換えるものなのでしょうか。
結論から言えば、生成AIが特に力を発揮するのは、完成品を自動で作る場面というよりも、商品開発の前半です。
企画を練る、イメージを共有する、ラフ案を増やす、部門間の認識を合わせる。こうした、まだ答えが定まっていない段階で生成AIが活きてきます。
アメリカンホンダモーターカンパニー/筑波大学大学院の原寛和氏による論文「生成AI時代のデザインマネジメント」では、画像生成AIがデザインプロセスや商品開発にどのような影響を与えているのかが整理されています。
具体的な活用法を見る前に、まずは、そもそも企業における「デザイン」が何を意味するのかを確認しておきましょう。
1. 生成AIが変えるデザイン業務の本質

デザインは見た目を整えるだけではない
経済産業省の整理では、デザインの対象は大きく3つの段階に広がっています。
- 製品・画面の見た目などの狭義のデザイン
- ユーザーの体験全体
- ビジネスモデルや経営の仕組み
つまり、デザインとは単に色や形を決める仕事ではありません。
例えば、カフェをデザインすることを考えてみましょう。
ロゴや店内の色を決めるのが狭義のデザイン、注文から商品を受け取るまでを使いやすくするのが顧客体験のデザイン、モバイル注文やサブスクまで含めて「どういう店にするか」を設計するのが経営レベルのデザインです。
こうして考えると、デザインはデザイナーだけに関係する仕事ではないことが分かります。企画、マーケティング、設計、製造など、さまざまな部門が関わる活動だからです。そこで重要になるのが、こうしたデザイン資源を組織としてどう活用するかという「デザインマネジメント」の考え方です。
絵が描けない壁を打ち破り、議論を民主化する
理想を言えば、商品開発ではデザイナーだけにすべてを任せるのではなく、企画や製造、マーケティングなど、各部門の知見を持ち寄りながらデザインを考える必要があります。
ところが、従来はここに一つ大きな壁がありました。
それが、頭の中のイメージを可視化できる人が限られていることです。
企画担当者に優れたアイデアがあっても、絵が描けなければ言葉で説明するしかありません。
冒頭の「爽やかな感じ」も同じです。言葉だけでは、人によって想像するものが違います。
しかし生成AIを使えば、その場で、
- 青と白を中心にした清涼感のある案
- 緑や植物を使った自然派の案
- 夏の海を思わせる開放的な案
といった複数の爽やかさを画像として提示できます。
すると、
「私が考えていた爽やかさは2番に近い」
「ただ、商品のターゲットを考えると3番のほうがよさそうだ」
関連:https://yasabi.co.jp/syllabus/kansei-engineering/
といった形で、曖昧な言葉そのものを議論するのではなく、具体的なイメージを見ながら話せるようになります。
このように、生成AIの活用は、これまでデザインの議論に参加しにくかった人も加わりやすくし、組織の意思決定のあり方そのものを変える可能性があります。論文でも、デザイナー以外の人が画像を用いたコミュニケーションに参加しやすくなる可能性が指摘されています。
では、こうした変化は、実際の商品開発のどこで生まれるのでしょうか。ここからは、論文で確認された利用実態をもとに、商品開発の流れに沿って具体的な活用法を見ていきます。
2. 商品開発に活かす5つの実践活用法

生成AIの活用というと、完成した広告やデザインを作らせる場面を想像しがちです。
しかし論文を見ると、実際にはその手前にある「考える」「共有する」「試す」といった工程で、多くの活用可能性が見えてきます。
① 依頼書に画像を添え、イメージのズレを未然に防ぐ
商品開発では、企画担当者からデザイナーへ商品コンセプトやターゲットを記した依頼書を渡すことがあります。ここに生成AIで作った参照画像を添えれば、文章だけでは伝わりにくい方向性まで共有できます。
例えば、新しい炭酸飲料について「20代向けの高級感があるデザイン」とだけ伝えても、人によって想像する高級感は異なります。
そこで生成AIを使い、
- 黒を基調にした重厚な高級感
- 白とシルバーを使った洗練された高級感
- クラフト感のある落ち着いた高級感
という3案を作り、
「今回の商品は2番の方向に近い」
と共有してから制作に入ります。
こうすれば、制作を始めてから思っていたものと違うとなるリスクを減らせます。
論文でも、マーケターが画像生成AIによるコンテンツをクリエイティブブリーフの補足として使い、制作側とのイメージ共有に活用した事例が報告されています。
そして、イメージ共有に使えるのであれば、同じ仕組みはデザイナーへの依頼だけでなく、社内への企画説明にも応用できます。
② プレゼン・提案資料の作成を高速化する
例えば、
「カフェでくつろぐ若者のイメージ画像がほしい」
と思い、フリー素材サイトを延々と探したものの、結局ぴったりの写真が見つからない。
こうした作業は、資料作成の現場では珍しくありません。
生成AIを使えば、企画に合わせたユーザーの利用シーンやコンセプト画像をその場で作り、資料のたたき台として使えます。
論文の調査でも、プレゼンテーション資料に使う画像やイラストの準備に画像生成AIが利用され、素材探索や作成にかかる時間が大幅に短縮されたケースが報告されています。
こうして企画の方向性を見せやすくなると、次にできるのが最初から一案に絞らず、複数案を比較するという使い方です。
③ ラフ案を大量生成し、忖度のない議論を生む
生成AIなら、短時間で多くのラフ案を作ることができます。ただし、その価値は単に「10案を早く作れる」ことだけではありません。
例えば、先輩デザイナーが何時間もかけて作った案に対して、
「この色は微妙です」
と言うのは心理的に難しいことがあります。
一方、「AIに10案出してもらったから、とりあえず全部見てみよう」という状態なら、
- 1番は普通すぎる
- 3番の色は面白い
- 5番と8番を組み合わせたい
と意見を出しやすくなります。
このように、生成AIが正解を作るというより、人間同士の議論を始めるためのたたき台を増やすことが可能です。
ただし、商品開発では、面白いアイデアであれば何でも採用できるわけではありません。実際に製造できるか、安全性や性能を満たせるかという現実的な条件もあります。
そこで、次の活用法につながります。
④ 製造の制約を初期段階で組み込む
例えば自動車開発では、デザイナーのスケッチに空気抵抗などの物理特性をAIが計算・反映し、実現可能な形状を検討する研究が進んでいます。
もう少し身近な商品で考えてみましょう。
例えば、新しい電気ケトルをデザインするとします。
企画担当者は、「もっと丸くてかわいい形にしたい」と考えるかもしれません。
しかし製造側からすると、
「この形では部品が入らない」
「持ち手が熱源に近すぎる」
「この構造では量産が難しい」
という問題が出てくる可能性があります。
こうした技術上の条件を早い段階からデザイン案に反映できれば、
デザイン完成 → 設計部門がNG → 作り直し
ではなく、デザインし、実際の絵を共有しながら製造・量産が可能な形へとスピーディーに近づけることができます。
⑤ 企画・デザイン・設計・マーケティングの連携を円滑にする
ここまで見てきた「イメージ共有」「ラフ案作成」「技術条件の確認」は、それぞれ独立した作業ではありません。商品開発では、企画、デザイン、設計、マーケティングが何度も行き来しながら一つの商品を作っていきます。そこで生成AIの5つ目の役割が見えてきます。
商品開発では、立場や専門性の違いによって認識がすれ違うことがあります。
例えばマーケターが市場調査から、
30代女性向けに、健康的だけれど堅苦しくない商品にしたいと考えたとします。
これを文章だけで渡すのではなく、生成AIで簡単なイメージを作り、
「この方向を考えています」とデザイナーへ渡します。
デザイナーは、これに対して「このままだと健康食品らしさが強すぎるので、もう少し生活雑貨に近い雰囲気にしましょう」と返します。
さらに設計担当者から、「この形状なら量産しやすい」と意見が入ります。
こうして画像を共通のたたき台にすることで、それぞれ専門用語や感覚だけで話すのではなく、同じものを見ながら意見を交わせるようになります。
ここまで5つの使い方を見てくると、共通しているのは、単に「作業を速くする」ことではないと分かります。生成AIは、人間が考えるための材料を増やし、これまで見えなかった選択肢を議論の場に持ち込む役割も果たします。
その点をもう少し掘り下げてみましょう。
3. 生成AIのもう一つの価値は、思い込みを崩すこと
人間は経験を積むほど、無意識にいつものパターンを選びやすくなります。
例えば、毎年夏向けのお菓子のパッケージを考えているチームなら、
- 夏=青
- 爽快感=水しぶき
- 若者向け=明るい色
といった過去の成功パターンに引っ張られやすくなります。そこでAIに多数の案を出させると、
- 夕暮れを使う
- 白一色にする
- 和風の涼しさを表現する
など、人間が最初から候補から外していた方向が出てくるかもしれません。
重要なのは、AIがそのまま優れたデザインを作ってくれることではありません。
こういう方向も考えられるのではないかと、人間の思考範囲を広げる材料を提供してくれることです。
ただし、選択肢を増やせることと、良いものを選べることは別問題です。
生成AIによって誰でもデザイン案を作りやすくなればなるほど、何を採用し、何を捨てるのかを判断する人間側の能力やルールが重要になります。
そのため、実際に企業へ導入するときには、メリットだけでなく注意点も押さえておかなければなりません。
4. 現場へ導入する際の3つの注意点
生成AIは、企画やデザインの可能性を広げる一方、使い方を誤れば品質の低下や権利トラブルにつながる可能性もあります。
特に業務へ組み込む際には、次の3点を意識する必要があります。
1. AIの出力をそのまま完成品にしない
調査に応じた現場のプロは全員AIの出力をそのまま表に出せる品質ではないと口を揃えます。生成AIはデザイナーを代替するものではなく、思考と試行錯誤を加速させるパートナーです。
2. 著作権リスクとプロの目の確保する
誰でも画像を生成できるようになった一方で、その画像が既存作品と類似していないか、商用利用に問題がないかを判断する必要があります。
そのため、利用するサービスの規約確認だけでなく、外部公開する生成物については専門知識を持つ担当者が確認するなど、社内のチェックフローを設けることが重要です。
3. 若手デザイナーの育成プロセスを守る
生成AIがラフ案を瞬時に作ってくれるようになると、それまで若手が手を動かしながら身につけてきた経験が減る可能性があります。
何十案も描き、
- なぜこの形ではうまくいかないのか
- なぜこの配色のほうが良いのか
と失敗を繰り返す中で培われる能力もあります。つまり、生成AIを導入する際には「どこまでAIに任せるか」だけでなく、「どこを人間に残すか」も決めなければなりません。
では、こうしたメリットとリスクを踏まえたうえで、企業は生成AIをどのように現場へ取り入れ、その効果を確かめればよいのでしょうか。
5. 実務に落とし込むためのステップと評価指標

生成AIを導入するとき、最初から商品開発の全工程を変える必要はありません。
まずは、資料作成やラフ案の作成、初期のイメージ共有など、効果を確認しやすい工程から試し、その変化を測っていくほうが現実的です。
例えば、飲料メーカーが新商品のパッケージ開発に生成AIを試験導入するとします。
この場合、いきなり「AI導入によって売上が上がったか」だけを見る必要はありません。
まずは、
- 従来3日かかっていたラフ案の作成が1日になったか
- 最初の会議で検討できる案が5案から15案に増えたか
- デザイナーへの修正依頼が5回から3回に減ったか
- 製造部門からの差し戻しが減ったか
といった、開発プロセスそのものの変化を確認します。
例えば、次のような指標が考えられます。
| 評価の視点 | 具体的な指標例 |
| 作業効率 | 資料作成・ラフ案制作にかかる時間 |
| アイデアの幅 | 初期段階で実際に検討した選択肢の数 |
| 合意形成 | 企画承認までの日数・会議回数 |
| 手戻り防止 | 設計・製造部門からの差し戻し・修正回数 |
こうした小さな変化を確認しながら、効果が見えた工程から利用範囲を広げていけば、生成AIを「導入しただけ」で終わらせず、実際の商品開発の改善につなげやすくなります。
まとめ|生成AIは商品開発の「前半戦」を変える
ここまで見てきたように、生成AIの価値は、完成したデザインを自動で作ることだけにあるわけではありません。
企画段階の曖昧なイメージを形にする。複数の案を比較できるようにする。デザイナー以外の人も議論に参加しやすくする。そして、企画・デザイン・設計・マーケティングの認識を早い段階で合わせる。
こうした商品開発の前半にある曖昧さを減らすことこそ、今回の研究から見えてくる生成AIの重要な活用方法です。
一方で、最終的な品質の判断や権利確認、人材育成までAIに任せることはできません。
生成AIにデザインを任せるのではなく、人間がより多くの選択肢を比較し、より良い意思決定をするために、生成AIをどこへ組み込むかを考えることが重要になります。
生成AI時代のデザインマネジメントについて、研究内容を詳しく知りたい方は、以下の記事も参考にしてください。
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参考文献
- 原寛和(2024)生成AI時代のデザインマネジメント―理論と現場の交点から考える研究の射程― 組織科学 58巻1号、4-19頁。
