現状維持バイアスを防ぐ4つの技術選定シート
「今度こそ、これまでとは違う技術を探そう」
そう決めて、スタートアップの情報を集めたり、展示会に足を運んだり、複数のベンダーから提案を受けたりする。ところが、最終的に選ばれた技術をふり返ると、
- 以前から使っている技術に近い
- 社内に詳しい人がいる
- 現在の開発の延長線上にある
ということが少なくありません。
外部まで探しに行ったはずなのに、結局は「知っている技術」に落ち着いてしまうのです。
これは、担当者の性格が保守的だからとは限りません。企業が持つ過去の経験や評価基準、経営陣の注意の向け方によって、馴染みのある技術が選ばれやすくなることが、経営学の研究から明らかになっています。
本記事では、世界の製薬企業による715件の技術導入を分析したKlueterら(2025)の研究を中心に、関連する研究の知見を整理します。そのうえで、「知っているから選ぶ」のではなく、「本当に課題を解決できるから選ぶ」ための方法を、会議やスプレッドシートで使える4つのシートに落とし込みます。
この記事で参照する主な研究
- Klueter et al.(2025):外部技術の選定と新規性
- Katz & Allen(1982):NIH症候群
- Leonard-Barton(1992):強みが硬直性に変わる問題
- March(1991)、Levinthal & March(1993):探索と既存知識への偏り
- Ocasio(1997、2011):経営陣の注意配分
- Piezunka & Dahlander(2015):候補増加による評価の偏り
- Madsen & Desai(2010)、Eggers(2016):失敗からの学習と方向転換
- Samuelson & Zeckhauser(1988):現状維持バイアス
このうち、本記事の中心となるKlueterら(2025)の研究内容や分析方法については、以下の記事で詳しく紹介しています。
論文紹介記事はこちら
→革新技術を導入するには「経営トップの注目」と「過去の失敗」 製薬産業調査
外部まで探しても「知っている技術」が選ばれる

Klueter、Ghosh、Rosenkopf(2025)は、1995年から2015年までの20年間に、世界の製薬企業が外部から技術を導入した715件の事例を分析しました。
調べたのは、どの企業と提携したかだけではありません。提携先が持つ複数の技術のうち、実際にどの技術を選び、どの技術を選ばなかったのかまで比較しています。
その結果、企業が外部まで技術を探しに行っても、必ずしも未知の技術にたどり着くとは限らないことが分かりました。
主な発見は、次の3つです。
1つ目:
現場は、やっぱり「知っている技術」を選びがち。
過去10年間に同じ疾患領域で扱った経験のある技術は、まったく未経験の技術に比べて、選ばれる確率が約31%高かったそうです。しかも、候補として存在していた技術の数自体は「未経験のもの」の方が多かったのに、です。選択肢は目の前にたくさんあったのに、手が伸びるのは知っている方だった、ということですね。
2つ目:
経営陣が注目すると、新しい技術が選ばれやすくなる。
企業の年次報告書を分析し、経営トップがどの課題にどれくらい言及しているかを数値化したところ、その注目度が1標準偏差高まるごとに、未経験の技術が採用される確率がおよそ20%上がっていました。トップが「この問題、ちゃんと見てるぞ」という姿勢を見せるだけで、現場の探し方が変わってくるということです。
3つ目:
手痛い失敗を経験した直後は、新しい技術に手が伸びやすくなる。
開発のかなり最終段階で既存のやり方が失敗すると、直近2年以内のその失敗1件につき、新しい技術が採用される確率がおよそ29%上がっていました。ちなみにこの段階の失敗はかなり珍しく、全体の2%くらいしか起きません。普通ならここまで来れば半分以上の確率で成功するはずなのに、それでも失敗した。
まさかここで失敗するとは…という、想定外が、組織にとって相当な揺さぶりになっているようです。
面白いのは、この注目と失敗、どちらも既存技術を減らしているわけではなく、あくまで新しい技術を選ぶ確率を押し上げている、という点です。
悪い選択肢を消しているのではなく、視野そのものを広げている、というイメージに近いと思います。
なぜ人は知っているものに吸い寄せられるのか

ここで少し立ち止まって、そもそもなぜこうなるのかを考えてみます。
実はこの現象、Klueterらの研究だけでなく、いくつもの理論から裏づけができます。理由がわかると、対策も具体的になってくるので、ひとつずつ見ていきましょう。
① 自分たちが一番詳しいという思い込み
Katz & Allen(1982)は、研究開発の現場では、チーム内の知識や経験への自信が強くなるほど、外部から入ってくる情報やアイデアを受け入れにくくなることを示しています。こうした傾向は、NIH症候群として知られています。
重要なのは、企業がまったく外部を見なくなるわけではないことです。外部の技術やアイデアを探していても、いざ評価する段階になると、自社で経験がある、社内で理解しやすいといった理由から、馴染みのある選択肢を高く評価してしまうことがあります。
Klueterらの研究でも、製薬会社の技術スカウト担当者へのインタビューから、あらかじめ社内で想定された技術の範囲から外れるものは、有望であっても検討対象になりにくい実態が示されています。
つまり問題は、外部を探していないことではなく、探す範囲や評価の物差しそのものが、過去の経験に縛られていることです。
② 得意分野が、いつの間にか足かせになる
Leonard-Barton(1992)は、企業が長年かけて培ってきた知識や技術、仕事の進め方は、競争力の源泉になる一方で、環境が変化したときには新しい選択肢を受け入れにくくする原因にもなると指摘しています。
たとえば、これまでの技術を前提に作られた評価基準や承認プロセスでは、まったく新しい技術について「実績が少ない」「社内に詳しい人がいない」「リスクを判断しにくい」と評価され、候補から外されてしまうことがあります。
つまり、これまで会社を成長させてきた経験や仕組みが、そのまま新しい技術を遠ざける壁になることがあるのです。
③ 経営の注意力には限りがある
Ocasio(1997)は、企業の意思決定は、集まった情報をすべて平等に検討して行われるわけではなく、経営陣が何を重要な課題として見ているかによって大きく左右されると指摘しています。
たとえば、経営陣が新規事業の立ち上げを重要課題として繰り返し取り上げれば、現場でも関連する情報や新しい技術に目が向きやすくなります。
反対に、経営陣がほとんど触れないテーマは、たとえ有望な技術があっても優先順位が下がりやすくなります。
ただし、経営陣が一度に注意を向けられる課題には限りがあります(Ocasio, 2011)。そのため、新しい技術を取り入れたいのであれば、「何でも探してほしい」と伝えるのではなく、今どの課題に新しい解決策が必要なのかを明確にすることが重要です。
④ 候補を増やすほど、むしろ知っているものに偏る
それなら、できるだけ多くの技術やアイデアを集めればよいと思うかもしれません。しかし、候補を増やすだけでは十分ではありません。
Piezunka & Dahlander(2015)は、922の組織に寄せられた10万件を超える外部提案を分析しました。その結果、提案が増えるほど、担当者はすべてを詳しく検討することが難しくなり、自分たちが理解しやすいものや、これまで扱ったことのあるものを優先して見るようになることを示しています。
たとえば100件の新技術を集めても、担当者が限られた時間で選別しなければならなければ、「社内で説明しやすい」「似た技術を使った経験がある」といった候補から先に検討される可能性があります。
つまり、大切なのは候補の数を増やすことではなく、馴染みのない候補も途中で落とさずに検討できる仕組みを作ることです。
⑤ 経験を積むほど、視野が狭くなるという逆説
March(1991)は、企業には、新しい方法を試すことと、すでに持っている知識や技術をさらに磨くことの両方が必要だと指摘しています。
ただし、企業が短期的な成果を重視すると、結果が予測しにくい新しい方法を試すよりも、これまで成果を出してきた方法を改善することに力を入れる傾向があります。
Levinthal & March(1993)も、経験を積むほど、企業は過去にうまくいった方法を基準に判断するようになり、新しい可能性に気づきにくくなる場合があると指摘しています。
たとえば、ある技術で長年成功してきた企業ほど、「今回もこの技術を改良すればよい」と考えやすく、まったく異なる方法を検討する必要性を感じにくくなるかもしれません。
つまり、経験は企業にとって大きな強みである一方で、過去の成功体験に頼りすぎると、新しい選択肢を見つけにくくすることもあるのです。
失敗を「もう一度探すきっかけ」に変える
Klueterらの結果を裏づけるように、Eggers(2016)はIBMがプラズマディスプレイへの投資に失敗した後、LCDへと舵を切った事例を分析しています。ここで大事なのは、IBMが単に「今流行っている技術」に飛びついたわけではない、という点です。社内の議論を、「どの技術が優れているか」から「ディスプレイ事業で本当に実現したいことは何か」という、そもそもの事業課題に引き戻した。この視点の切り替えができたからこそ、過去の技術への未練を断ち切れたのだと考えられます。
また、Madsen & Desai(2010)は、ロケット打ち上げ産業の分析から、組織は成功だけでなく失敗からも学習していて、その学びの影響は意外と長く残ることを示しています。失敗は誰にとっても嬉しいものではありませんが、同時に「今の判断基準を疑い直してもいい」という、数少ない正当な理由にもなります。せっかくの痛みを、ただの痛みで終わらせるのはもったいない、とも言えます。
じゃあ実務では何をすればいいのか——4段階と4枚のシート
理屈はここまでにして、ここからは実際に使える形にしていきます。やるべきことを整理すると、次の4段階になります。
①問題を「技術ありき」ではない形で定義する
↓
②注目とリソースの配分をちゃんと設計する
↓
③知っている・少し知っている・知らない、の3つを並行して探す
↓
④失敗が起きたら、比較のやり直しではなく探索そのものをやり直す
これを、そのまま会議やスプレッドシートで使える4枚のシートに分けてみました。
シート1|問題定義シート
| 項目 | 記入内容 |
| 解決したい問題 | 何が起きているか(現象) |
| 現在の方法と成果 | 今どう対応していて、コスト・時間・品質はどうなっているか |
| 目標 | どの状態まで改善したいか(できれば数値で) |
| 経営上の重要度 | 高・中・低 |
| 技術に依存しない問い | 「〇〇を実現する方法は何か?」という形に書き換える |
| 現行手法の失敗履歴 | 直近で何が起きたか(あれば) |
一番大事なのは、5番目の技術に依存しない問いです。
「生成AIで問い合わせ対応を効率化するには?」ではなく、
「問い合わせ対応の時間を半減させる方法は何か?」と書く。
たったこれだけの違いですが、生成AI以外にも、FAQの改善、業務フローの見直し、外部委託など、技術以外の選択肢まで同じ土俵に乗ってきます。
Klueterらの研究が解決したい問題と技術そのものをあえて切り分けて分析したのと同じ発想です。
シート2|注目配分チェックシート
Klueterらの研究では、経営陣の注目度を「年次報告書での言及の多さ」という具体的な指標で測っていました。これを社内向けにアレンジしてみます。
| 確認項目 | 内容 |
| この問題は、直近3ヶ月の経営会議で何回話題に上ったか | 回数を記録 |
| 経営責任者は誰で、継続的に確認する仕組みがあるか | 担当者名・頻度 |
| この問題への言及は、他の重要課題と比べて増えているか減っているか | 相対的な位置づけ |
| 「新しい技術を探せ」ではなく「この問題を解決する方法を探せ」という号令になっているか | Yes / No |
Ocasio(1997)が言うように、経営の注意力には限りがあります。ある問題への言及を増やすなら、別の問題への言及を減らすのかも、セットで考えておく必要があります。あいまいに「新しい技術を探そう」と声をかけるだけでは弱くて、特定の課題に対して継続的に関心を向け続けることが、現場のR&D担当者の評価基準そのものを、じわじわ変えていきます。
シート3|探索ポートフォリオ
| 分類 | 意味 | 候補 |
| 既知 | 社内で経験がある方法 | |
| 隣接 | 近い領域で使ったことがある方法 | |
| 未知 | 社内にほぼ経験がない方法 |
ここでのコツは、最初から「どれが一番いいか」を決めないことです。
10案集めても、その全部が既知に分類されるなら、探索の範囲は実質的にはまったく広がっていません。未知の候補をあえて残しておくことが、Piezunka & Dahlander(2015)が指摘した候補が増えるほど馴染みのある案に注意が集中するという現象への、実務上のブレーキになります。
シート4|候補比較シート
| 評価項目 | 候補A | 候補B | 候補C |
| 課題解決効果 | |||
| 導入コスト・期間 | |||
| 既存システムとの接続 | |||
| 小規模検証のしやすさ | |||
| 失敗時の撤退しやすさ | |||
| 社内経験(既知/隣接/未知) | |||
| NIHチェック:評価が低いのは「性能」か「単に馴染みがないだけ」か |
最後のNIHチェックの行が、地味ですがいちばん有効です。Katz & Allen(1982)が示したように、外部の技術は性能が劣るからではなく単に見慣れないから低く評価されてしまうことがあります。この2つを分けて書くだけで、評価会議の議論の中身が変わります。優れているから選んだのか知っているから選んだのか、あとから検証できる形にしておくことが大切です。
再探索トリガールール
候補比較シートまで進んだあとでも、次のようなことが起きたら、候補の比較に戻るのではなく、探索ポートフォリオまで一度巻き戻すというルールを、あらかじめ決めておきます。
- KPIが2四半期連続で未達だった
- 検証(PoC)を2回やっても目標値に届かない
- 重大な品質問題が発生した
- 開発・導入の期間が当初計画を大きく超えた
普通、失敗が起きると
どう改善するか
追加予算でなんとかならないか
という話に向かいがちです。ただ、Madsen & Desai(2010)やEggers(2016)の知見をふまえると、失敗はむしろ、これまで候補から外していた選択肢をもう一度見直す絶好のタイミングとして使えます。Klueterらの研究でも、想定外の失敗の直後は、新規技術の採用確率が約29%も上がっていました。失敗してから考え始めるのではなく、この状態になったら探索をやり直すと先に決めておくことが、結果的には一番効くやり方だと思います。
一番新しい技術を選ぶことが、ゴールではない
ここまで読むと、「とにかく未知の技術を選ぶべきなんだ」と感じるかもしれません。でも、それも少し違います。新しいから優れているとは限らないからです。
Samuelson & Zeckhauser(1988)が示したとおり、人は現状という選択肢がそこにあるだけで、それを過剰に選びやすくなります。技術選定の場面でも、今まで使っている・社内で説明しやすい・失敗しても責任を問われにくいといった理由が、技術そのものの価値とは関係なく、意思決定にこっそり紛れ込んできます。
だから本当に大事なのは、「未知の技術を選ぶこと」そのものではなく、既存の技術と未知の技術を、同じ土俵の上で正々堂々と比較できる状態をつくることです。
問題を定義して、注目の配分を決めて、探して、比べて、必要ならやり直す。
この一連の流れを分けておくだけで、知っているから選んだのか本当に優れているから選んだのかを、あとから組織としてちゃんと説明できるようになります。
まとめ
新技術導入の会議で、聞くべき問いはひとつではありません。
「どの技術が一番いいですか?」に加えて、こう聞いてみてください。
今回、私たちはどこまで違う解決策を探しましたか?
たったこの一問を加えるだけで、意思決定の質はずいぶん変わってくるはずです。Klueterら(2025)が715件のデータで示したのは、外部の技術を探すという行為そのものが、探索の広がりを自動的に保証してくれるわけではない、という事実でした。
一方で、経営陣が課題に注意を向け続けること、そして失敗を再探索のきっかけとして使うルールをあらかじめ持っておくこと。この2つが、組織を知っている技術の重力圏から引き離す、具体的で再現性のある手段になります。
参考文献
– Klueter, T., Ghosh, A., and Rosenkopf, L.(2025) Not in-sourced here! When does external technology sourcing yield familiar versus novel solutions? Strategic Management Journal, 46巻2号, 275-308.
– Katz, R., and Allen, T. J.(1982) Investigating the Not Invented Here (NIH) syndrome: A look at the performance, tenure, and communication patterns of 50 R & D project groups. R&D Management, 12巻1号, 7-20.
– Leonard-Barton, D.(1992) Core capabilities and core rigidities: A paradox in managing new product development. Strategic Management Journal, 13巻S1号, 111-125.
– Ocasio, W.(1997) Towards an attention-based view of the firm. Strategic Management Journal, 18巻S1号, 187-206.
– Ocasio, W.(2011) Attention to attention. Organization Science, 22巻5号, 1286-1296.
– Piezunka, H., and Dahlander, L.(2015) Distant search, narrow attention: How crowding alters organizations’ filtering of suggestions in crowdsourcing. Academy of Management Journal, 58巻3号, 856-880.
– March, J. G.(1991) Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2巻1号, 71-87.
– Levinthal, D. A., and March, J. G.(1993) The myopia of learning. Strategic Management Journal, 14巻S2号, 95-112.
– Madsen, P. M., and Desai, V.(2010) Failing to learn? The effects of failure and success on organizational learning in the global orbital launch vehicle industry. Academy of Management Journal, 53巻3号, 451-476.
– Eggers, J. P.(2016) Reversing course: Competing technologies, mistakes, and renewal in flat panel displays. Strategic Management Journal, 37巻8号, 1578-1596.
– Samuelson, W., and Zeckhauser, R.(1988) Status quo bias in decision making. Journal of Risk and Uncertainty, 1巻1号, 7-59.
