事業領域の選択は、100年前の言葉に条件づけられていた
私たちが描く新しい戦略は、本当に自由な構想から生まれているのでしょうか。実は、過去から受け継いだ「見えない前提」に縛られているのかもしれません。113年の歴史を歩んだ名門企業の盛衰を追った研究から、創業者の精神が世代を超えて経営者を縛り続けた、意外な真実を紐解きます。
明治大学の宮田憲一先生は、論文「企業ドメインの歴史性:ウェスチングハウス社の企業転換に関する事例研究」で、かつて存在した電機企業ウェスチングハウス(WH)の歴史を分析しました。社内アーカイブ等を読み解き、113年にわたる事業領域(ドメイン)の変化を追った研究です。
そこで浮かび上がったのは、歴代経営者が自由に戦略を描いていたつもりでも、創業者に由来する三つの考え「電機産業のパイオニア」「GEのライバル」「電力普及の成長論理」に、世代を超えて縛られ続けていた驚くべき姿でした。
物語は、創業者がエジソンと覇権を争った「電流戦争」から始まります。創業者が去った後も会社は彼を象徴に掲げ、戦後はその成長論理を拡大解釈して不動産や家具にまで多角化。1970年代には原子力事業に傾倒するも、1979年の原発事故で需要が消失しました。
論文は、創業者の精神が経営を縛った三つの経路を示しています。
①成長論理の拡大解釈による多角化で中核の競争力が低下したこと
②先駆者の象徴である原発にリスクを軽視して注力したこと
③「GEのライバル」という自負から、衰退する重電事業を切り離せず刷新が遅れたこと
です。
転機は1993年。外部から就任した経営者は「GEジュニアからの脱却」を宣言して製造業を売却し、メディア企業(CBS)へと完全に転換しました。こうして名門WHは消滅しますが、宮田先生はこれが極端な一事例に基づく研究であり、導かれたメカニズムは仮説的であると述べています。
「我が社らしさ」という足かせに気づくヒント
この研究の含意は「歴史が会社を滅ぼす」ではありません。歴史は戦略を決定するのではなく、条件づけるものです。実際に、最後の経営者たちは創業の前提から脱却し、見事な事業転換を果たしました。
問題は、自分たちが何に条件づけられているかに多くの経営者が無自覚なことです。どの企業にもWHに似た「うちは技術の会社だから」という自己認識、「打倒〇〇社」という宿敵、かつての成功を支えた成長の合言葉があります。これらは資産ですが、環境が変われば「見えない足かせ」になります。他者を基準に自社を定義する限り、その土俵から降りる選択肢が視野に入らなくなります。
歴史は捨てればよいものでもありません。創業の精神がいまも顧客価値や社員の誇りなら磨くべき資産です。問うべきは「守るか捨てるか」ではなく、「この前提は、いまの環境でも本当に価値を生んでいるか」という観点です。WHの失敗は、前提を点検せず拡大解釈を重ねたことにありました。
そこで、明日から現場でできる小さな一歩として、企画や会議でよく使われる「我が社らしさ」や「競合への意識」に、少しだけ目を向けてみてください。
例えば、アイデア出しで「うちの会社らしくない」という意見が出たとき、ベテラン社員に「そのらしさって、もともとは誰のどんな成功体験から生まれたものなんですか?」とカジュアルに尋ねてみる。組織を支えてきたはずの「自画像」が、挑戦を阻む足かせになっていないか点検する一歩になります。
あるいは、競合対策の会議で「ライバルに対抗しなくては」となったとき、「我が社がA社をベンチマークとするようになったのは、そもそもいつ、どのような経緯からだったでしょうか」と問いかけてみるのもよいでしょう。ルーツを知るだけで、他社の土俵から降り、本当に戦うべき新しい戦略を描く道筋が見えてきます。
リーダーは、先代から受け継いだ前提の上で構想しながら、それを塗り替えて次の歴史をつくる存在でもあります。自分を縛る条件を知ることこそが、それを超える構想の第一歩になるはずです。
記事原案 本多佳子
