利益か社会貢献かー社会起業の矛盾と直面する壁
SDGsやパーパス経営が叫ばれる現代、社会貢献と利益の両立はビジネスリーダーにとって最大の難題です。果たしてこの相反する目標は、本当に共存できるのでしょうか。
社会を良くしたいという志と利益を出さなければならないというビジネスの現実。このジレンマに、関西大学の横山恵子先生は、論文「ソーシャル・アントレプレナーシップとは何か:概念化の軌跡と課題」において欧米の社会起業に関する研究を読み解くことで、次世代の資本主義に向けた一つの答えを提示しています。
組織を引き裂く二つの異なるルール
利益と社会貢献の両立を考える第一歩として、まずは社会起業がどのような役割を担っているのかを確認しましょう。一般的なビジネスが利益を見込める市場をターゲットにするのに対し、社会起業は貧困や環境問題など、通常の市場や行政では解決が難しい領域を対象とします。しかし、単なるボランティアではありません。社会起業は、寄付に頼る非営利活動と、利益を追求する営利活動の中間に位置し、ビジネスの手法を使って社会課題を持続的に解決しようとする試みです。
このように社会貢献とビジネスの中間に立つことは理想的に見えますが、実際の運営は困難を極めます。なぜなら、組織の内部にまったく異なる二つの行動原理が同時に存在することになるからです。一方は社会課題を解決するという社会貢献のルールであり、もう一方は財務的な利益を出すというビジネスのルールです。この二つは常に衝突します。ビジネスのルールを優先しすぎれば本来の社会貢献の目的を見失い、社会貢献のルールを優先しすぎれば事業が継続できなくなります。社会起業はこの2つのハイブリッド型であり、常にこの引き裂かれるような緊張感の中で運営されているのです。
矛盾を乗り越える良いところ取りの戦略
では、成功している社会起業は、この二つのルールの衝突をどう乗り越えているのでしょうか。
先行研究で明らかになった手法の一つが、両方のルールから有効な要素を選び出して自社の仕組みに組み合わせるアプローチです。このような選択的な組み合わせのアプローチを「セレクティブ・カップリング」といいます。たとえば、資金調達や業務の効率化にはビジネスの厳しいルールを採用する一方で、組織の目標設定や評価基準には社会貢献のルールを採用するといった具合です。対立する価値観のどちらかを排除するのではなく、状況に応じてそれぞれの良い部分を柔軟に使い分けることで組織のバランスを保ちます。さらに、利益を出すこと自体が社会課題の解決に直結するような、新しいビジネスモデルを生み出す工夫も行われています。
長期的な視点で支える資源と仲間の存在
こうした複雑な舵取りを行いながら事業を育てるためには、一般的なビジネスとは異なる支えが必要です。複雑な社会問題は一朝一夕には解決できないため、短期的な利益を求める資金や人材は適していません。必要なのは、すぐに結果が出なくても試行錯誤に寄り添い、長期的な視点でじっくりと待ってくれる資金や人材です。論文内ではこれを「忍耐強い(ペーシェント)資源」と表現しています。加えて、社会起業は自社のノウハウや情報を独占してライバルに勝とうとするのではなく、むしろ積極的に外部へ公開し、他組織と連携する傾向があります。組織単体の利益よりも、社会全体の課題が解決されることを最優先するためです。
矛盾を力に変えるマネジメント
ここまで見てきた社会起業の悩みと解決策は、社会課題への対応を迫られている一般企業にとっても大きなヒントになります。社会貢献と利益の追求を両立させるためには、ビジネスの効率性と社会的な価値観の両方から必要な要素を選び取って組み合わせる柔軟な組織設計が必要です。また、短期的な利益だけを追うのではなく、自社の社会的意義に共感して中長期的に支えてくれる投資家やパートナーを見つけ、時間をかけて信頼関係を築くことが求められます。社会起業の視点から学べるのは、人間らしさや他者への配慮をビジネスの仕組みそのものに組み込む方法です。これこそが、これからの時代に求められる新しい企業活動のあり方と言えるでしょう。
記事原案 印部有紀
