事業の成功には、敵対的な人々への対応が鍵となる
ものごとを進める際に、私たちはつい協力的な関係者ばかりを念頭に置いて、そうした人々との協業の形を模索してしまいます。しかし実際のところ、事業の推進には、その事業に対して敵対的、あるいは非協力的な団体や人々に対しての対応こそが物事の成否を分けることが少なくありません。とりわけ、その目的が金銭的利益ではないNPOなどの取り組みの場合、理念理想からぶつかり合う人々と、どう折り合いを付けていくかが大切になります。
目白大学の伊藤真一先生と、日本大学の松野奈都子先生は、論文「NPO主導のクロスセクター・コラボレーションにおけるアクターの可視化と非協力的なアクターの巻き込み―アクター・ネットワーク理論における翻訳概念を用いて―」において、根室市に所属する無人島・ユルリ島を対象に、そこに馬を移入させる取り組みをどう結実させていったのか、とりわけ敵対的・非協力的な態度をとるステークホルダーへの対応という観点から事例研究をしています。
根室の無人島、ユルリ島への馬移入
ユルリ島は根室・落石漁協が所有・管理している無人島です。かつては昆布の干場がありましたが、今はもう使われていません。そして、昆布の引き上げのために現地に生息する野生の馬が使われていたのですが、昆布漁で島が使われなくなって以来、馬の高齢化と頭数減少が顕著になってきました。島を去るとき、近親交配を避ける目的で、雄が間引かれたためです。
この”極寒の島に取り残された馬”が報道されるたび、島のイメージが悪化し、管理する漁協に対する批判が強まっていました。そのため、ユルリ島のことは基本的に地元では触れてはいけない話題とされたのです。島の将来を考えるという取り組みを始めること自体が大変な困難を伴いました。
ユルリ島の将来を考える「ユルリの会」の立ち上げは、ある写真家の講演会がきっかけでした。そこでユルリ島の自然が紹介されたことで、こんな素晴らしい場所があるのかと関心をもった人々が「ユルリの会」を立ち上げます。そして、ユルリの自然環境保護において、現地に馬がいることが大変重要な意味をもつことに気づくのです。
ユルリ島に生息する植物を、野生馬が適量食べることで、日光が地面に降り注ぐようになり、花を咲かせるのに役立っている。そうした微妙なバランスで生態系が成立していることに気がつくのです。そこから、ユルリの会のメンバーは、現地の環境保護のためには馬の移入が必要であるとの考えを広めていくことになります。
しかし、ユルリ島に馬を移入する計画は2つの存在から反対されます。第一は、馬を島に取り残してきたことで批判の的となった漁協、第二は、ユルリ島の本来の自然は馬がいない形であるという立場に立つ学芸員でした。
ユルリの会は、写真家とともに講演会やシンポジウムをたびたび開催し、ユルリの今の自然が維持されるうえで馬がとても大切な役割を担っていることを説明していきました。また、馬はとても健康状態がよく島で暮らしているという事実も明らかになります。そうした中で、少しずつ漁協の態度は軟化し、馬の受け入れに前向きになってくれました。学芸員は依然として反対の立場でしたが、漁協の協力が得られたことで、ユルリの会は馬の移入に成功できたのでした。
非協力的なステークホルダー に、粘り強く対応する
伊藤先生たちは、この事例から学べることとして、①講演会やシンポジウムという形をとることで、敵対的な存在を含むステークホルダーの可視化をしたこと、②その敵対的なステークホルダーとも対話・関係を続け、多様な観点からものごとを一緒に検討していくなかで、相手が納得するような状況の説明(筆者らはこれを“翻訳”とよんでいます)を作り出していったことだとしています。
総じて、敵対する相手を無視したり、排除して進めるのではなく、そうした人々の存在を認知し、積極的な対話をすることが、こうした取り組みを成功させる上では大切だったとしているのです。対立者と対話をせず対立したまま物事を進めると、いつまでもその対立者の存在が事業推進の足かせとなってしまうためです。
ただし、こうした考え方が、民間企業で成立するのか、あるいは自治体のような組織の中で通用するのかは、今後慎重な検討が必要になります。この事例が、あくまでユルリ島という政治的・経済的なインパクトの小さい対象についての、NPOの成功事例であることには留意が必要です。とはいえ、この事例が教えてくれる敵対者への粘り強い説得姿勢は、とても大切なメッセージを私たちに投げかけてくれていると言えるでしょう。
