「統合的価値」を生み出すSEDAモデルとは
近年、デザインの重要性が産業界でよく強調されるようになりました。しかし、デザイン一辺倒でビジネスができるわけでないことは、皆さんがよく理解されておられることかと思います。同志社大学の延岡健太郎先生は、論文「SEDAモデルによるイノベーション:デザイン・アートを超えた統合的価値」で、デザインと、他の要素をバランスよく調和させるための考え方として、SEDAモデルを提唱しています。
この研究は、ビジネス現場においてデザイン思考がもてはやされる現状に警鐘を鳴らすものです。かつての日本企業が陥った技術偏重と同様に、デザイン偏重も真の価値創造を阻害するというのです。本研究では、理論的な考察に加え、アップル、マツダ、キーエンス、ダイソンといったイノベーションを牽引する企業の社員への聞き取りを含む事例研究によって、どのようなアプローチが競争力の源泉となっているのかを詳細に分析しました。
価値を最大化するSEDAモデル
本研究では、製品の価値を機能的価値と意味的価値に分けます。機能的価値とは製品の技術が実現する性能のことです。一方、意味的価値とはそれがユーザーにとって何なのか、社会にとって何なのか、どういうストーリーを持っているのかといった、人がそこから受け取る情報や感性的な側面を意味します。
延岡先生は、この機能的価値と意味的価値について、さらに、問いを提起することと、問いに答えを出すことという2つが、製品・サービスが実現すべきことであると論じます。問いを提起するとはつまり、「どういう製品が望ましいのか」といった新しい観点を示すことであり、答えを出すとはつまり、それに対して「具体的で、どういう事項が実装されているべきなのか」を意味します。
たとえばiPhoneは、これからの時代、人々はこのように通信機器を使うのではないか、という問いが機能面・意味面で提示され、それぞれに対して解が与えられているから、これまでにない製品になっているわけです。
デザインはこのうち、「意味的な問いにこたえる」作業にあたります。一方、従来のエンジニアリングは「機能的な問いにこたえる」作業です。延岡先生は、調査のなかから、これに加えて「意味的な問いを発する」アートと、「機能的な問いを発する」サイエンスの2つがあるとしました。そして、この4つの頭文字をとって、SEDAの4つこそが革新的な製品・サービスを生み出すための鍵だとしたのです。
- Science(サイエンス):機能的価値×問題提起
- Engineering(エンジニアリング):機能的価値×問題解決
- Design(デザイン):意味的価値×問題解決
- Art(アート):意味的価値×問題提起
特に本研究では、顧客の顕在的なニーズに応えるデザイン思考に対し、自らの強い哲学で顧客の想定を超える感動をもたらすアート思考の重要性が確認されています。アップルの圧倒的な操作性や、マツダの生命感あふれる魂動デザインがその成功例です。しかし、これらの勝者はどれか一つに秀でているのではなく、SEDAモデルの4つの要素すべてを高次元でバランスさせた統合的価値を持っていることが最大の強みとなっています。
分業の限界とSEDA人材の必要性
日本企業の多くは、機能的価値を理系の技術者が、意味的価値を文系のデザイナーや営業が分担する分業制を敷き、コンセンサス経営を行ってきました。しかし、直感的で複雑な統合的価値を組織内で共有し、分業で生み出すことは極めて困難です。調査によれば、ダイソンでは技術とデザインを一人で両立するデザイン・エンジニアが開発を牽引し、キーエンスでは技術者が顧客の利益を最大化するソリューション営業の役割も担っていました。研究は、これからのイノベーション創出において、理系と文系の枠を超えて全体を俯瞰・構想できるSEDA人材の育成と抜擢が急務であると結論づけています。
越境と統合を実践する
過去の成功体験が通用しなくなった現代において、SEDAモデルは極めて実践的な武器になります。現場で活かせるポイントは以下の2点です。
手段の目的化を防ぎ、本質的なゴールを再定義
DX推進やデザイン思考の導入といった流行りの手法を取り入れること自体が目的化していませんか?意思決定の場や社内承認を得る際は、まず自社が顧客に提供すべき「統合的価値は何か」を問い直し、そこから必要な手段を逆算する思考プロセスをチームに浸透させましょう。これにより、昭和的価値観を持つ経営層とエビデンスを重んじる若手メンバーの間に真の顧客価値というブレない共通言語が生まれ、世代間の調整コストを大幅に削減できます。
自らがSEDA人材を目指し、専門性の壁を越境する
40代以降のリスキリングにおいて、全く新しいスキルをゼロから学ぶのはタイパが良くありません。現在の強みに隣接する異分野、理系なら感性やビジネス、文系なら技術やデータなどの知見を掛け合わせる方がはるかに効果的です。分業化された組織の縦割りを自ら破壊し、他部署や顧客の現場へ赴いて一次情報を取りに行く姿勢こそが、説得力のある事業提案を生み出します。
激変するビジネス環境において、小手先のフレームワークに頼るのではなく、技術と感性を統合するアプローチこそがブレイクスルーを生みます。ぜひ、明日からの戦略立案やチームビルディングの強力な根拠として、本論文の知見を活用してください。
