値下げしても客室が埋まらない。コロナ禍19か月の東京から学べる事

値下げしても客室が埋まらない。コロナ禍19か月の東京から学べる事

コロナ前は効いた価格調整が、効かなくなった

売れないときは値段を下げる。ホテルの客室でも、小売でも、長く信じられてきた手順です。ところが東京の宿泊特化型ホテルの数字を6年分たどると、その手順がまったく効かない期間がありました。

立教大学の沢柳知彦先生は、論文「Liquidity Traps in Hotel Revenue Management during the Pandemic and Actions Taken by Hoteliers(コロナ禍のホテルレベニューマネジメントにおける流動性の罠とオペレーターの対抗策)」で、客室単価と稼働率の関係を調べました。

Reader Reports

この記事を読んだ読者レポート

この記事で読者レポートを投稿

まだ読者レポートはありません。読んで考えたこと、試してわかったこと、活かし方を最初のレポートとして投稿できます。

数字は、東京ホテル会という加盟ホテルの集まりから得ています。261ホテルの月ごとの客室単価と稼働率を2018年1月から2023年12月まで集め、報告漏れや入力ミスを除いた53ホテル、8,588室が分析対象です。レストランや宴会場を持たない宿泊特化型に絞っています。

6年間は4期に分かれます。コロナ前が2018年1月から2020年2月、パンデミック期が2020年3月から2021年9月の19か月、回復期が2021年10月から2022年9月、コロナ後が2022年10月から2023年12月です。

コロナ前は、単価と稼働率がきれいに連動していました。決定係数は0.66。需要の強い月は単価も稼働率も高く、弱い月は両方とも低い。需要に合わせて価格を動かす仕組みが働いていたことになります。回復期も同じで、0.72でした。

ところがパンデミック期だけ、この連動が消えます。決定係数は0.004、ほぼゼロ。統計的にも意味のある関係は見つかりませんでした。値段を下げても、稼働率は動かなかったということです。

沢柳先生はこれを、金融政策の「流動性の罠」になぞらえます。金利をいくら下げても投資が増えなくなる状態と同じで、価格が反応を生まなくなる。需要そのものが消えているため、価格を動かす手が空回りするのです。

では、ホテルは何をしたのか。論文が挙げるのは、手持ちの資源を組み替えた例です。帝国ホテル東京は、30平米の客室を1か月36万円で貸すサービスアパートメントを2021年2月に売り出し、99室が1日で完売しました。ホテルニューオータニ東京は、休業中のソムリエを客室に向かわせ、部屋で食事を出す商品をつくりました。品川プリンスホテルは宴会場を低い密度で使い、西武ライオンズ戦のライブビューイングを売っています。軽症者の宿泊施設として自治体に貸したホテルもありました。

ただし、これらが通常営業ほど儲かったわけではありません。価格が低く、量も限られていたため、パンデミックが収まると消えていきました。あくまで非常時の凌ぎ方だった、というのが沢柳先生の見方です。

効かないのは価格か、需要そのものか

値引きしても数字が動かない。あの手応えのなさは、どの商売にもあります。本研究が扱ったのはホテルの客室ですが、実務で活かせるのは、効かない理由を切り分けるという手順です。

まず切り分けたいのは、効いていないのが価格なのか、需要そのものなのかです。どちらも「売れない」という結果は同じですが、前者は値下げで動き、後者は何をしても動きません。見るのは過去のデータです。価格を動かしたとき、数量はどれだけ動いたか。その反応が小さくなっているなら、値引きは利益を削るだけで数量を戻しません。来店数が半分になった店で、二割引きは客足を戻すのか。戻らないなら、割引の予算は別の使い道に回したほうがましです。

効かないと分かったとき、次に見るのは手持ちの資源です。ホテルがしたのは、客室を旅行者ではなく住む人に売り、ソムリエを部屋に向かわせ、宴会場を観戦の場にしたことでした。共通しているのは、資源はそのままで、誰に何として売るかを変えた点です。自社の設備や人員を、いまとは別の相手に別の名前で売れないか。たとえば、稼働の落ちた自社の配送網を同業他社の荷物に開ける。社員研修用に持っている設備を、外部の企業研修に貸す。昼しか動かない厨房を、夜の総菜製造に回す。どれも設備と人はそのままで、売る相手と売り物の名前だけが変わっています。その問いは、需要が戻ってからも使えます。

もう一つは、期間を区切っておくことです。これらの商品は、パンデミックが収まると姿を消しました。非常時の凌ぎ方を平時の戦略と混ぜない。いつまでの措置かを決めておけば、やめるときに迷いません。

値下げが効くのは、需要がそこにあるときだけでした。効かない局面では、価格ではなく、誰に何を売るかを組み替える。19か月のデータが示していたのは、その順番です。

記事原案 藤本ゆう子

コメントを残す