行動履歴より、感情のほうが共有してもよいとされた
企業はこれまで、顧客の位置情報や閲覧履歴、購買履歴を集めて行動を読み解いてきました。ところが、AIに対して人が開示してよいと答えた割合は、行動データより感情のほうが高く出ています。感情に寄り添うAIが顧客接点に入ると、集まる情報の種類が変わるかもしれません。
東海大学の小谷恵子先生による研究「感情AIとの関係が自己の情報開示に与える影響―旅行プランニングにおけるAIの活用―」は、共感的に応答する「感情AI」がユーザーに与える心理的影響に注目し、親密さ、擬人化、信頼、自己開示意向との関連を調べたものです。検証の舞台に旅行プランニングを選んだのは、旅の計画が期待やこだわり、不安といった感情が強く表れ、プライベートな情報開示が求められる場面だからです。初めての一人旅のように緊張や不安が伴う場面も多く、AIが感情を理解して寄り添う機能を持つことは、計画段階から利用者の支えになり得ます。
調査は2025年4月中旬、生成AIの利用経験がある18〜69歳の男女371名を対象に実施されました。参加者は、プルチックの8感情のパラメーターと変動理由が付加されたChatGPT-4oとの対話ログを通読します。夏休みの家族旅行の相談から始まり、提案された旅行先について祖父が戦死した場所だと打ち明ける場面で、AIの感情の数値が動いていく記録です。通読後、感情AIへの認識と、自分のどの情報なら開示してよいかを回答しました。
感情は56%、行動データは約3割
開示してもよいと答えた割合は、ポジティブな感情が56%、ネガティブな感情が49%でした。一方、位置情報・行動は32%、オンラインの履歴は31%です。平均値の比較でも、ポジティブな感情は他のすべての情報種類より開示意向が有意に高く、ネガティブな感情も病気やコンプレックス、位置情報・行動、オンラインの履歴を上回りました。人は行動の記録より、自分の感情のほうをAIに渡しやすいということです。
また、対話を読むとAIへの印象も変わりました。「感情を明確に把握できる」という評価は7段階で3.57から4.30へ、「共感してくれる」は3.59から4.41へ上昇しました。感想の自由記述では69%がポジティブな反応を示し、「人間の感情に配慮している会話で驚いた」「話しづらい可能性のある話題を理解して、配慮もしている」 という声が挙がっています。AIの感情を理解する力を感じた人ほど、親しみや信頼を抱きやすいことがうかがえます。
ただし、否定的な反応も約2割ありました。機械的だ、不信感を持つという感想のほか、AIを「不気味」「怖い」と感じた人もいます。また、擬人化が信頼に直接つながる関係は統計的に確認されませんでした。対話ログを読んだ直後の調査であり、信頼の形成には時間的な要因も関わると小谷先生は述べています。感情を含む個人情報の開示には、プライバシーの問題も残ります。
感情AIを活用した顧客体験のアップデート
行動情報より感情情報を共有しやすいという特性は、顧客接点の設計に二つの示唆を与えます。
一つ目は、「寄り添い型AIコンシェルジュ」の導入です。「何をしたいですか?」という行動面の問いかけだけでなく、「不安なことはありませんか?」「楽しみにしていることは何ですか?」と感情に寄り添うことで、一人旅への不安に応じた安全性の高いプランを提案するなど、より適切なサポートが可能になります。
二つ目は、旅行前後や問い合わせ対応における「カスタマーサポートの高度化」です。一問一答にとどまらず、顧客の懸念や不満に寄り添う対話を担わせることで心理的負担を和らげ、接客品質の安定化が期待できます。論文も、この知見は観光分野以外の相談窓口やコンサルティング業務にも応用できるとしています。
対話を通じて顧客の感情を直接捉える感情AIは、行動の追跡に頼ってきたマーケティングを一歩先へ進めます。ただし、不気味さを感じる層への配慮は欠かせません。感情を預けてもらえる関係をどうつくるかが、次の顧客体験を分けることになりそうです。
(なつこ)
