理念は、株の持ち方と結びついていた
理念を立派な文書にまとめても、現場には届かない。日本企業の多くがぶつかる壁です。急成長した中国のファーウェイは、理念を株式の持ち方と結びつけていました。持株会社の株の99%前後を、従業員自身が持っているのです。
日本経済大学大学院の後藤俊夫先生は、論文「理念経営の可能性と方法 ― ファーウェイ(華為)の事例研究を踏まえて ―」で、同社の従業員持株制と企業統治の実態を調べました。年次報告書や記者会見での発表、同社サイトなどの公開情報をもとに、必要に応じて同社に事実確認をしています。
同社の規模は、2019年末で売上高1,230億ドル、従業員19万4,000人。2002年からの17年で売上高は約58倍です。
株を持つのは従業員と創業者だけで、政府や第三者は一切持っていません。創業者の任正非氏の持ち分は1%で、残りは従業員です。2019年時点で10万人を超える従業員が株主でした。
ただし、正規の株をそのまま渡しているわけではありません。本社がある深圳市の規定は従業員の持ち株を労働組合に集めるよう定め、証券法も株主200人を超える会社を制約するため、正規の株を出す方法が事実上ないのです。そこで同社は、組合の委員会名義で登記したうえで「仮想株」を発行し、所有や配当、議決の権利を社内規定で与えました。
議決の仕組みは2段階です。従業員株主が1株1票で代表115人を選び、その代表が1人1票で取締役の選出など主要な事項を決めます。最高の議決機関はこの代表で構成される委員会で、株主総会はその決議を追認する位置づけです。創業者は否決権を持つものの、その行使は社内規定で厳しく制限されています。
理念の側にあるのが、1996年に制定された「華為基本法」です。全6章103条で、利益については「単に利益の最大化を追求するのではなく」期間ごとに合理的な利益率と目標を置くと定め、価値の分配では効率と公平性を考えることを原則としています。
この組み合わせが、高い成長と収益を前提とした好循環を生みました。株の配当が報酬の約4分の1を占め、業界トップの報酬が優秀な人材を集める。特許の国際出願件数は2年連続で世界1位です。
ただし、この制度には論争があります。海外の研究者は、組合名義を根拠に「契約に基づく利益分配にすぎない」「実質的な国有企業だ」と主張し、同社は従業員こそが正規の株主だと反論しました。さらに今回の調査では、基本法が完成後に社内で重用されていない事実も判明しました。文書として固まると環境変化への対応を妨げるため、創業者が、できあがった文書よりもそれを作る議論の過程を重んじたからです。
理念は、どの会議に出てきているか
日本企業の側はどうでしょうか。後藤先生が論文で引く先行研究では、価値観の共有が十分だと答えた企業は25.8%にとどまります。別の先行研究は、理念にコミットしない理由として圧倒的に多いのは上司の姿勢だと指摘しています。理念が紙の上で止まるのは、珍しいことではありません。
この研究の知見によると、理念が働くかどうかは、文章を整えるだけでなく、理念が顔を出す場面とセットになっているかに左右されるようです。ファーウェイでは、代表を選ぶ手続きが半年以上かけて進み、その全過程で理念を学ぶ機会が続いていました。
この知見を日本の職場での進め方に置き換えると、三つの点が浮かびます。
一つは、理念を決定の場に持ち込むことです。年に一度の唱和ではなく、予算や人の配置を決める会議で、理念に照らした議論が一度でも出たかを数えてみる。出ていないなら、理念は紙の上にとどまっていることになります。
もう一つは、理念を日々の判断の言葉まで下ろすことです。論文は、経営理念を経営戦略、事業戦略、現場の業務へと落とし込まなければ目標には届かないと述べています。「顧客第一」なら、納期と品質のどちらを取るかという場面で、どちらを選ぶかまで言葉にしておきたいところです。
もう一つは、文書にしたあとの扱いです。基本法のように、まとめた途端に使われなくなることもあります。書き換える時期を先に決めておくほうが、過去の正解として固まるのを防げそうです。
理念経営は、立派な文章を書いて終わりではありませんでした。ファーウェイにあったのは、明文化した理念と、株を持ち代表を選ぶ手続き、その過程で理念を学び直す機会です。自社の理念は、いまどの会議に出てきているでしょうか。
記事原案 M.Sumida
