理念改定、捨てずに「組み替える」という道 オムロン・2回の理念改定を16年間追った事例研究

理念改定、捨てずに「組み替える」という道 オムロン・2回の理念改定を16年間追った事例研究

オムロンが2回の理念改定でやった”組換え的継承”

相次ぐ企業の理念改定。その鍵は、過去を白紙にする大転換ではなく、受け継いだ要素の配置と優先順位を組み替える「組換え的継承」にある。そんな示唆を与える事例研究を紹介します。

大手電気機器メーカー・オムロンの2回の理念改定が示すのは、理念の見直しは「過去との決別」ではないということです。創業者の思想「企業は社会の公器」も、「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という社憲も捨てられず、そのつど生じた理想と現実のずれに応じて、配置と優先順位を組み替えながら受け継がれていました。

Reader Reports

この記事を読んだ読者レポート

この記事で読者レポートを投稿

まだ読者レポートはありません。読んで考えたこと、試してわかったこと、活かし方を最初のレポートとして投稿できます。

この分析を行ったのが、慶應義塾大学の王英燕先生の論文「理念改定におけるアイデンティティ・ワークの研究」です。2007年から2021年までの16年間、副社長ら経営幹部への聞き取りや社内外の資料調査を重ねた事例研究で、理念の公表・維持・修正を通じて「我々は何者か」を形づくる活動(アイデンティティ・ワーク)に注目し、2006年と2015年の2回の改定を解剖しました。

1回目の2006年改定の背景には、海外従業員が全体の半数を超え、創業者を知らない社員が増えるなかで、「創業家の精神が求心力」という同族企業的な自己像と理想のグローバル企業像とのギャップがありました。非創業家出身の社長のもと、検討委員会が8ヵ月に及ぶ審議の末、「企業は社会の公器である」を理念の最上位に据える体系に改めます。改定後は経営陣が約120社の海外関係会社を回り、千人以上の現地管理職に理念の由来を直接語りました。

興味深いのは2回目です。社会性を前面に出した2006年改定はコンプライアンス意識を高めた一方で、「正しくあれ」を意識するあまり挑戦する気風が薄れるという想定外の副作用を生みました。「オムロンはいい会社だけれど、あまりエキサイティングじゃない」という社長の反省を機に、2015年の改定では、挑戦の精神を含む社憲を「ミッション」として最上位に戻し、複雑になっていた体系をミッションとバリューの2層に簡素化します。理念改定は一度で完成せず、ずれの発見と組み替えを繰り返す調整の営みだったのです。

定着の面でも、上からの発信だけでなく、社員が自ら理念実践のテーマを宣言する表彰の仕組み(TOGA)が毎年6万人規模へ育つなど、経営陣と現場が学び合う双方向の回路が機能していました。ただし本研究は、同族企業からの脱皮という特殊な事例の研究であり、一般企業を対象とした調査による理論の精緻化は今後の課題だと王先生自身が述べています。

 理念を変える権限がなくても、明日から試せること

「会社の理念、そういえば形だけかも」
そう思ったら、決定権がなくても試せることがあります。全部を変えなくても、身近な場所から”組み替え”は始められるのです。

まず、自分やチームの仕事が理念とどこで重なり、どこでずれているかを書き出してみましょう。オムロンの改定も、理念をゼロから作り直したのではなく、「企業は社会の公器」と「社憲」という同じ要素の並び順を組み替えただけでした。会社の理念自体は変えられなくても、大事にしたい価値観を仕分ける作業は一人でも始められ、上司への提案材料にもなります。同僚に「理念、実感できている?」と聞くだけでも、思わぬギャップに気づけます。

理念やルールが変わった後は、「意図しない副作用」が出ていないか観察する視点も持ちましょう。オムロンは社会性を強めた結果、数年後に守りの姿勢が強くなりすぎたことに気づいています。また、経営陣と現場が直接対話し、実践例を表彰し合う仕組み(TOGA)を6万人規模に育てた例もあります。役職がなくても、チームの定例会で「理念っぽいと思った仕事」を話す時間を5分作るだけで、同じ効果の芽になります。

“語り手”の役割は誰でも担えます。創業家も「求心力」から「理念の語り手」へと役割を変え、理念を特定の個人に依存させずに受け継ぎました。ベテラン社員なら、会社の成り立ちを後輩に話すだけでも十分です。理念改定は経営陣だけの仕事ではなく、ずれに気づいた一人ひとりが小さく語り、仕分け、提案を重ねる営みなのです。

理念改定に踏み切る企業は今後も増えると論文は見ています。変えることと受け継ぐことは対立しない。その両立の具体的な道筋を示してくれる一本です。

記事原案 本多佳子

コメントを残す