数千万件の起動ログが映した 、競合アプリの「同居」
同じ食卓に、パンとパスタが並ぶ。主食どうし、奪い合う関係のはずなのに、一緒になって食事の満足を高めている。アプリの世界でも同じことが起きていると示した研究があります。
この食卓のたとえは、東北大学の一小路武安先生たちの論文「覇権・成熟・成長期におけるコミュニケーション・プラットフォームの競争戦略 ―ショッピングバスケットにおける他アプリとの関係性の観点から―」に登場するものです。一小路先生たちは、調査会社インテージが収集したスマートフォンのアプリ起動ログを分析しました。2016年4月から2020年4月まで半年ごとの9時点、各期平均で約655万件の起動記録・約2000人・約6300種類のアプリという大規模なデータです。これを機械学習の手法で処理し、「同じ人が同じ時期に使っているアプリのかたまり」を買い物かごに見立てて取り出しました。
なぜ食卓のたとえが効くのか。企業の目には、同じ市場のアプリは顧客を奪い合う競合に映ります。ところが消費者の画面の中では、それらは同居し、むしろ補い合っていました。論文は補い合いを三つに整理します。パンに塗るペーストのように土台の上で働く「機能的な補完」、パンとパスタのように性質の違う者どうしが満足を高め合う「性質的な補完」、そして総菜やフルーツのように、単独でも成り立つが組み合わせると実用や楽しみという用途がそろう「用途的な補完」です。
さらに面白いのは、効く補完の形が、アプリの市場での立場によって変わっていたことです。LINEやYouTube、Instagramなど市場を制した「覇権アプリ」は、機能や性質の面で補い合う相手を従えていました。文章中心のFacebookと写真中心のInstagramのように、性質が違うからこそ補い合う組み合わせもあります。一方、成熟してきたアプリでは、実用系と娯楽系といった異なる用途の相手と一緒に使われることが利用を支え、これから伸びる成長アプリは、同じ用途の仲間と併用されながら勢いをつけていました。しかも成熟に向かう過程で、組む相手が入れ替わる例も確認されています。
ただし、これは関東地方の消費者のログを特定の期間で分析したもので、偏りの可能性は著者ら自身が指摘しています。なぜ一緒に使われるのかという因果まで特定した研究ではなく、ライブ配信系のアプリのように型から外れる例外もありました。
「消費者の食卓」から、自社に最適な隣人を見つける
自社の競合分析の表を思い出してください。そこに並ぶのは「奪い合う相手」ばかりのはずです。この研究が促すのは、その表を消費者の目線で描き直すことです。同じ食卓、つまり同じ生活時間のなかで、自社のサービスの隣に何が並んでいるのか。その隣人は、敵ではなく、互いの利用を押し上げる相手かもしれません。
そのうえで、自社の段階に応じて組む相手を選ぶ視点が持てます。立ち上げ期なら、同じ用途の仲間と一緒に使われる状況をつくって認知と利用を加速する。成熟してきたら、異なる用途のサービスとの提携やコラボレーションで、生活の中での出番を広げる。すでに市場で強い立場にあるなら、覇権アプリがそうしていたように、自社という土台の上で働く補完サービスを増やし、性質の異なる相手との共存も含めて、生態系ごと足場を固める。同じ「組む」でも、立場と時期によって最適な相手が変わるというのが、この研究の実務的な含意です。
小さな一歩として、主要な顧客が自社サービスの前後にどんなサービスを使っているか、次の顧客インタビューで一つ聞いてみてはどうでしょうか。あるいは自社アプリなら、併用されているサービスを一つ挙げられるか、チームに問うてみる。隣人の名前を知ることが、提携戦略の出発点になります。
パンの競合はパスタではなく、「パンのない食卓」かもしれない。競争の地図を消費者の食卓から描き直す視点を、この研究は与えてくれます。
