業務統合が革新を止める理由
企業買収の成功には、被買収企業の従業員が持つ独自の知識や経験を活用できて、新製品の提案や業務改善といった「革新的行動」を引き出せることが不可欠です。しかし、買収後の組織統合が現場の従業員に与える影響は、これまで十分に解明されていませんでした。
近畿大学の中村文亮先生は、論文「買収における業務統合と公正性が及ぼす革新的行動への影響」で、買収企業による業務統合と会社からの公正な扱いが、被買収企業の従業員の革新的行動に及ぼす影響を実証的に検証しました。調査方法は、インターネット調査会社のモニター56,432人にスクリーニングを行い、直近約4年間で企業の買収を経験し、職場環境に変化が生じた国内の会社員622人を対象とした質問票調査です。
この質問調査は7段階評価で、買収後の現在の革新的行動(新しいアイデアの創造や実行など9項目)を目的変数、買収後の手続きや分配、人の間の相互作用などの公正性の評価を説明変数、個人や組織属性などをコントロール変数として、これらの数値データを使用して、最小二乗法による重回帰分析を行なっています。また、時間経過による影響の変化を調べるため、サンプルを買収完了年ごとに4つのグループに分けて、各グループの回帰係数の差が統計的に有意かどうかをt検定で比較しています。業務統合が革新的行動を阻害する分析の結果、買収企業が被買収企業の人員体制や報告手続き、仕事の進め方などを自社のものに統合する「業務統合」は、従業員の革新的行動を低下させることが明らかになりました。
新しいアイデアの提案や実行は、長年培われた業務ルーティンや、社内外の同僚・パートナーとの人的ネットワークに支えられています。しかし、急激な業務プロセスの統合はこれらを破壊してしまいます。従業員は新しい環境への適応に追われ、周囲からの支援も受けにくくなるため、結果として革新的行動への意欲を失ってしまうと考えられます。
公正性が組織への信頼と行動を促進する
一方で、買収後のプロセスにおいて「公正に扱われている」と感じることは、従業員の革新的行動を強く促進することが分かりました。公正性には以下の3つの点があげられます。
①手続き的公正:意思決定プロセスが透明であること
②分配的公正:評価や処遇が公正であること
③相互作用的公正:上司や同僚から敬意をもって接してもらえること
調査結果では、手続き的公正と分配的公正、両方の公正性が高く評価されるほど、従業員は組織への信頼と帰属意識を高めることが示されました。特に日本企業のように集団内のつながりを重視する組織では、自分が正当に評価され、意見が尊重されているという安心感が、一定のリスクと責任を伴う革新的行動に挑戦する強い動機づけになります。
M&Aを成功に導く具体策とは?
買収後の業務統合が円滑に進み、公正性が保たれると、従業員の信頼と貢献意欲が高まり、革新的行動が促進されることをこの研究が明らかにしています。M&A成功には、システム統一だけでなく、従業員の心理面に配慮した統合マネジメントが不可欠です。
具体的には、急激な統合はアイデアや創造性を失わせるため、学習サポートや猶予期間を設けるなど、業務統合のスピードと柔軟性を調整が必要です。また、意思決定プロセスを透明化し、事前に情報共有や意見聴取を行う「手続き的な公正さ」を示す手続きの透明性と丁寧なコミュニケーションが不信感を払拭します。さらに、役割変更時も新たな評価基準を明確にし、公正な処遇を約束する「分配的公正性」に基づく納得感のある評価・報酬制度の提示が、貢献意欲につながります。
真の組織統合は、制度やルールだけでなく、従業員の心をつなぎ信頼関係を築くことから始まります。
