顧客と提供者が共に幸福度を高め合う価値共創のメカニズム
従来のサービス研究は顧客の利便性や満足度の向上に主眼が置かれていましたが、近年はサービスを通じて関わる人々の価値観や生き方に深い変容をもたらすトランスフォーマティブ・サービス・リサーチ(TSR)が注目されています。なお、TSRは、サービスの提供を通じて顧客や従業員、ひいては社会全体のウェルビーイングを向上・変容させることを目的とした新しいサービス研究のアプローチです。
そこで、大学の産学連携PBL(プロジェクト型学習)におけるサービス実践を通じて、学生と顧客双方がウェルビーイングに関する資質をどのように高め合えるかを検証した研究を紹介します。
関西大学の横山恵子先生とNTT株式会社の渡邊淳司先生による論文「ウェルビーイング・コンピテンシーの涵養に資するサービス設計の可能性:大学のPBL教育における実践事例とTSRの視点から」 では、自らのよく生きるあり方に気づき、行動を選択していく力であるウェルビーイング・コンピテンシーに着目し、その育成に資するサービス設計のあり方を考察しています。
具体的な調査方法として、大学の産学連携PBL(プロジェクト型学習)の一環である「私だけの花束」プロジェクトの事例分析と、参加者を対象とした簡易アンケート調査が用いられました。このプロジェクトは、顧客が26種類のカードから自身にとって重要なウェルビーイングの要因を3つ選択し、学生がその選択の理由を対話でヒアリングした上で、対応する生花を束ねたオリジナルの花束とメッセージカードを手渡すというイベントです。
「選択・対話・可視化」がもたらす顧客と提供者の幸福度向上
イベントに参加した顧客36名を対象に、サービス体験前後でのウェルビーイング(幸福度)の状態の変化を5段階リッカート尺度で測定するアンケート調査を実施しました。あわせて、サービス提供者である学生に対しては、体験終了後に質的なリフレクション(内省)調査を行いました。 その結果、4つのポイントが明らかになりました。
・顧客の幸福度が大幅に向上
参加前の回顧的な幸福度の平均値(3.08)に対し、参加後は(4.14)へと統計的に有意な上昇が確認されました。
・自己認識の深化が幸福度向上を導く
重回帰分析による検証の結果、幸福度の向上には、自分がウェルビーイングの状態になるために必要な要素を知ることができたという自己認識の深化が最も強く寄与していることが証明されました。
・サービス提供者側の成長
学生へのリフレクション調査から、他者の人生や価値観に触れる対話を通じて、提供者である学生自身の幸福感や他者理解の能力も向上するといった変化が見て取れました。
・新たなサービス体験と教育プログラムの可能性
サービス体験に「選択」「語り」「可視化」の3要素を組み込むことで、双方向的なウェルビーイングの共創(Co-creation of Well-being)が実現し、PBLが学生の人間的成長と価値観の変容を促すプログラムになり得ることが示されました。
CX向上と組織活性化を両立するビジネスのヒント
本論文の知見は、現代のプロダクト開発や顧客体験(CX)の設計、さらにはチームマネジメントにおいて極めて実用的なアプローチを示唆しています。
●顧客の自己認識を促すサービス体験の設計
単に利便性の高いモノやサービスを売る時代は終わりつつあります。本論文が示したように、サービスの中に「選択」「語り」「可視化」のプロセスを組み込むことで、顧客自身に自分にとって大切な価値観を気づかせることができます。例えば、顧客へのヒアリングの過程で本質的な欲求を言語化させ、それをパーソナライズされた提案やレポートという形で可視化して提供するビジネスモデルは、顧客に深い体験価値と持続的な幸福感をもたらし、ロイヤルティ向上につながります。
●従業員のエンゲージメントを高める双方向の価値共創
本研究では、顧客を幸せにしようと対話したサービス提供者(学生)側も、やりがいや幸福度を高めるという循環が確認されました。これを実務に適用するならば、従業員が顧客の人生やフィードバックに直接触れられる機会を意識的にデザインすることが重要です。単なる作業としての業務ではなく、自分の介在価値が顧客のウェルビーイングにどう貢献したかを実感できる仕組みを作ることで、従業員のエンゲージメントや内省的な成長を促すことができます。
サービスを単なる効率的な交換行為として捉えるのではなく、自他のウェルビーイングを共創する装置として再設計することは、持続可能なビジネスの核となります。本論文の「選択・対話・可視化」というフレームワークを、ぜひ日々のサービス開発や顧客対応に取り入れてみてはいかがでしょうか。
(背番号22)
