「届けるだけ」は終わり。ファンが商品を育てる新常識
商品やコンテンツを「体験」するのは消費者で、作り手は届けるだけ。
多くのビジネスが前提とするこの構図を揺さぶる調査結果が報告されました。
東京理科大学の柿原正郎先生は、論文「集合体理論に基づくデジタルコンテンツの消費体験の考察―VTuberとオーディエンスの相互作用の事例を用いて―」でこの前提を問い直しました。題材は、デジタルアバターでライブ配信を行う「VTuber」です。画面上はアニメキャラですが、裏では実在の配信者がリアルタイムで演じ、コメントや投げ銭にその場で反応します。
柿原先生はVTuber事務所(X社・仮名)との共同研究として、当事者と協働するアクションリサーチを実施。2024年1月に直近1ヶ月で配信を視聴した646人へのオンライン調査を行い、さらに視聴者3タイプから計16名を集めて約60分のデプスインタビューを重ねました。
統計的な分類の結果、視聴者は3タイプに分かれました。グッズ購入やイベント参加にまで踏み込む「重課金コアファン」(28%)、視聴はするが課金や交流を控える「無課金ライトファン」(35%)、視聴頻度は高いが関わり方は内向的な「高視聴オタクファン」(38%)です。
従来の消費者研究は、企業からの刺激に消費者がどう反応するかという一方向の図式で体験を捉えてきました。しかし柿原先生が用いたのは、「消費者-オブジェクト集合体」という理論枠組みです。人間(消費者)とモノ(商品・コンテンツ)を対等に捉え、双方の相互作用から体験が生まれると考えます。
この視点で見ると、体験しているのは視聴者だけではありません。コアファンの活発なコメントや応援を受けたVTuberは、ファンの反応から予定外の企画を思いつくなど、表現の幅を広げていました。逆に、受け身のファンや同じパターンの反応に囲まれると応答が定型化し、キャラクターの個性が薄れて「どこか似たり寄ったり」と感じられていく。つまり、ファンの関わり方しだいで、商品側の表現は広がりも痩せもするのです。
ただし本研究は、急速に変化している領域を対象にした探索的調査であり、仮説の厳密な検証や結果の一般化はこれからだと柿原先生自身が述べています。当事者と進める手法ゆえに、解釈に主観が入りやすい点にも注意が必要です。
マニュアルを排し顧客と商品を育てる共創の実践ステップ
この論文から実務のヒントを得て、顧客対応やサービス改善を指揮する担当者がまず実践したいのは、顧客接点に「商品を進化させる共創窓口」を置くことです。
例えば、SNSを販促のみに使うのをやめ、開発陣がファンの改善案や新アイデアを直接すくい上げ、即座にサービスに反映させる公式の投稿スレッドを設置します。顧客の意見で機能がアップデートされる循環を作るのです。
注意すべきは、接点の定型化が商品そのものを陳腐化させる点です。対策として、定型チャットボットやマニュアル接客を、現場の裁量で雑談や独自提案ができる仕組みへ切り替えます。開発者自身がユーザーの異質な不満を収集する対話会を月一で開くことも、共創を加速させる一手となります。
3つのファン層に応じたエンゲージメント設計も有効です。クラスター別の具体策を企画するなら、熱心なコア層にはβ版の優先体験や共同開発会議への招待、関わりの薄いライト層には、ワンタップのSNS投票で意思表明を促し参画のハードルを下げるなど、層別の双方向施策で長期的な愛着を築く設計が考えられます。
この枠組みは、スマート製品やAIエージェントの体験設計にも応用できます。AIチャットボットに機械的な定型文を学習させるだけでなく、顧客に合わせて応答をパーソナライズするなど、AIと人間の共創体験を演出する施策への応用が期待されます。
まずは自社のSNSや窓口に届く「生の声」を、開発チームと一緒に10分だけ覗いてみてください。効率化の陰に隠れた「定型的な返信」を一つ変えるだけでも、顧客と共に商品を育てる共創への一歩は今すぐ踏み出せます。
記事原案 M.Sumida
