異常な株主偏重と人的資本の本質
昨今、日本企業では人的資本経営が大きな注目を集めています。
一橋大学の伊丹敬之先生の論文「カネの結合体とヒトの結合体の二面性」では、その背景には単なる人事管理の手法を超えた深刻な構造的問題があると指摘しています。この関心の高まりの真の理由は、上場企業において異常なほどの株主傾斜が進み、従業員への分配を軽視してきたことへの社会的な警戒感にあると考えられます。
統計が示す実態と企業の本質的矛盾
統計が示す歪んだ実態:設備投資を上回る配当
伊丹先生は、自身の主張を裏付ける客観的なデータの源泉として、財務省の「法人企業統計」という世界的にもまれなデータベースの1975年から2021年までのデータを用いて、日本企業の長期的変化を詳細に分析しました。この分析により、過去20年間、大企業は賃金と設備投資を抑制する一方で、配当や自社株買いを急増させてきた実態が浮き彫りになりました。
その結果、2021年には配当総額が設備投資額を歴史上初めて上回るという異常事態に陥っています。付加価値の分配においても、労働分配率が低下する一方で株主分配率は一貫して上昇しており、従業員への分配を軽視し、設備投資まで抑制しているのが実態です。
株主傾斜を加速させた外部圧力と経営者の心理
なぜこれほどの株主傾斜が起きたのか。
そこには、コーポレートガバナンス改革や機関投資家・アクティビストによる圧力が強く働いています。また、経営者の心理的要因として、欧米への憧れや引け目からくる外面の良さ(見栄)や、日本独自の経営原理に対する自信のなさも指摘されています。この背景には、1991年のバブル崩壊による内なる自己疑問と、同時期に生じたアメリカ型資本主義の勝利という世界的世論の中で突きつけられた外からの自己疑問という、二重の自己疑問が存在しています。
企業の本質と「中二階の原理」による中和
こうしたカネにのみ偏った現状を打破するために、伊丹先生は企業の定義を再確認すべきだと説きます。企業の本質とは「カネの結合体」であると同時に「ヒトの結合体」でもあるという、避けがたい二面性にあります。
しかし、現在の株式会社制度はカネの結合体の側面を重視し、実質的に競争力を左右するヒト(従業員)の意思が企業統治に届かないという本質的な矛盾を抱えています。 戦後の日本企業は、この矛盾に対処するために「中二階の原理」を用いてきました。これは、法的な株主主権(二階)という基本原理を維持しつつ、それを現場にそのまま貫徹することで生じるねじれ感覚を中和するために、慣行として従業員主権(中二階)という補助的原理を挿入する仕組みです。これにより、従業員の高いコミットメントを引き出し、結果的に株主も満足させる好循環を可能にしていました。
人的資本経営への示唆 実務での扱い方
本論文の分析を踏まえると、これからの実務において人的資本経営を推進するビジネスパーソンには、以下の視点を持つことが求められます。
人的資本経営を開示の道具から真の成長エンジンへ
人的資本経営を単なる数値計測や開示のためのテクニカルな道具に留めてはなりません。それは、カネとヒトの二面性の矛盾を直視し、行き過ぎた株主傾斜を是正して、ヒトを軽視しない経営を取り戻すための挑戦であるべきです。人的資本への投資は、株主原理主義を貫徹するための手段ではなく、企業が持続的に成長し続けるための根源的な営みとして再定義する必要があります。
日本独自の経営の強みの再発見と自信の回復
グローバルスタンダードとされる外圧や見栄に流されるのではなく、日本企業が培ってきた中二階の原理のように、現場の知恵とエネルギーを引き出す仕組みの合理性を論理的に理解することが重要です。目先の数値だけでなく、現場で働く人々の知恵と熱意が未来を創るという原点に立ち返り、自らの経営原理に対する自信を取り戻すことが、持続可能な成長への第一歩となります。
「カネ」と「ヒト」のバランスの再構築
実務においては、キャッシュフローの配分において、設備投資や従業員への分配(人件費)が将来の成長にどうつながるかを深く考慮すべきです。単に配当を増やせば良いという一元的な論理ではなく、企業が「ヒトの結合体」として機能することで初めて長期的な経済成果(カネ)も生まれるという、二面性の調和を目指した意思決定が求められています。
日本企業を覆う過度な株主傾斜の実態を踏まえると、人的資本経営は単なる開示対応ではなく、企業がヒトの力を基点に再生していくための本質的な取り組みであるといえます。日本が培ってきた現場の知恵を見直し、カネとヒトの配分を将来の成長につながる形で再構築していく姿勢が、これからの実務で強く求められます。
記事原案 こず
