オープンイノベーション:研究者流出の罠
企業成長に欠かせないオープンイノベーション。しかし、社外との共同研究や技術導入を進めるほど、自社の優秀なエース研究者が辞めてしまう現象にお気づきでしょうか。一橋大学の李樹萱先生と青島矢一先生の論文「R&D資源の外部調達と企業の研究者の転出」では、この外部連携が招く人材流出というリーダー層を悩ませる厄介な課題に対し、大規模データの分析から非常に興味深い事実と解決の糸口を明らかにしました。
2154社のデータから見えた流出の法則
本研究は、総務省の「科学技術研究調査」から得られた上場企業2154社の2012年度から2020年度の9年間にわたるデータを用いて分析しています。具体的には、外部組織の技術や知識を獲得する活動(他社との共同研究、外部委託、技術のライセンス導入など)に対する支出状況と、自社の研究者の転出数(他社への転職や出向など)との関係性を統計的に分析して、客観的なデータに基づくアプローチで人材流出のメカニズムに迫っています。
連携先が多岐にわたるほど流出が加速する
分析の結果、社外と共同研究などの連携を行うこと自体が、研究者が社外へ流出するきっかけになることが判明しました。外部との交流を通じて、自らの能力の客観的な市場価値を理解し、潜在的な転職先を発見する機会が増えるため、結果として社外への転出が促されます。
また、大学や他企業など多様な組織と広く連携するほど、研究者の転出が顕著に増加するということも明らかになりました。その理由として、多様な外部組織と関わることで、研究者が自社の枠を超えた他社でも通用する汎用的な知識を獲得しやすくなる点を指摘しています。また、多様な探索によって社内では事業でまだ活用されていない知識が増えることや、社外の人脈が広がることで、転職や起業のハードルが下がることも流出を後押ししています。
潤沢な資金投下が流出への歯止めとなる
一方で、連携に投じる支出金額の大きさについては、正反対の傾向が示されました。外部組織との共同プロジェクトに多額の資金を投じるほど、逆に研究者の転出は減少が見られました。つまり、R&Dプロジェクトへの支出金額規模が大きくなるということは、その技術が実用化に近づいていることを意味しています。技術が社内で実用化される見込みが高まれば、研究者の持つ知識が社内で十分に活かされる、つまりは知識が社内で死蔵されるリスクが減るため、わざわざ社外へ飛び出す動機が小さくなると考えられます。
また、多額の資金を投じる少数の外部組織との大規模な共同研究開発においては、研究者自身がそのプロジェクトに深くコミットせざるを得ず、結果的に転出が起きにくくなっていると考えられます。
広くつながるより重点的に投資する
この研究が企業に示しているのは、「外部連携は量を増やせばよいというものではない」ということです。 連携先をむやみに広げれば、知識獲得の機会は増えますが、研究者の自らの市場価値が認識でき、社外人脈の拡大機会が得られることから、人材流出のリスクも高まります。
また、潤沢な資金投下は技術の社内での実用化の見込みが高く、研究者が自分の知識を社内で十分に活用できるということから人材流出を減少させる傾向が見られます。
オープンイノベーションは成長の武器となりますが、進め方を誤ると人材流出の引き金にもなります。大切なのは、ただ広くつながることではなく、有望なテーマを見極め、そこに重点的に投資しながら、研究者が社内で力を発揮し続けられる環境を整えることだと言えるでしょう。
記事原案 印部有紀
