最適な配置図は完成しない、という前提で戦う
「世界のどこで何を作り、どこへ届けるか」
グローバル企業で事業企画をしていると、そんな完璧なグローバル戦略の地図を描こうという状況がしばしば訪れます。 ですが、世界首位(生産・販売台数ベース)を走り続けてきたホンダの二輪事業が教えてくれるのは、「完璧な地図など、そもそも完成しない」という現実を前提にした、泥臭くもタフなものづくりの姿でした。
九州産業大学の横井克典先生は、論文「最適な資源配置を目指し続ける調整機構 ― 本田技研工業・二輪事業の国際分業の事例 ―」で、世界の二輪車産業で生産・販売台数首位を走るホンダが、1990年代後半から2015年頃にかけて築いた国際的な生産分業の仕組みを、単一事例として詳細に検討しました。
そもそも、私たちは「戦略」や「配置」をどう捉えているのでしょうか。
私たちは「どの国で何を開発・生産し、どこへ供給するか」という世界配置の問いに、正解をひとつ決めれば、あとは実行だと考えがちです。ところが現実には、各国の市場は別々の方向へ変わり続けます。当時も日本と欧州の市場が停滞・縮小する一方でアジアは成長し、市場の変化を受けて各地の工場も、高排気量車を作れるまでに育つなど、それぞれ違う方向へ成長していました。市場と拠点が動き続ける以上、「最適な配置」そのものが動くのです。
ホンダの分業網も、一度作って終わりではありませんでした。
論文によれば、ホンダは分業の編成替えを一定間隔で繰り返し、世界に供給する拠点を増やしながら供給網を洗練させ続けています。望ましい配置を構想して実現しても、時間が経てば環境の変化で成果の低下が予見される。そこで構想を更新し、拠点の役割を組み替える。この循環の繰り返しこそが、最適な資源配置を「目指し続ける」過程だったと横井先生は整理します。
それを支えていたのが、社内に組み込まれた強力な「調整機構」です。
ホンダは約10年先までに開発・生産・販売する二輪車を載せた製品ラインナップ計画(実際には100を超える車種が掲載されるといいます)を持ち、販売と企画部門が1週間サイクルでの緊密な相談を重ねて微調整を行い、開発や生産などの関係部門と連携を取りながら、更新された計画を6ヶ月サイクルで全拠点に発行していました。二輪車は開発着手の時点で生産拠点を確定させる必要があり、開発から量産までは概ね半年から2年半かかります。その制約の中で、ホンダは着手のギリギリまで最新の市場と拠点の情報を集めて調整を続け、個別プロジェクトの提案も、長期構想を持つ本部が節目ごとの評価会で検証していました。10年の長期構想と、毎週の見直し。一見矛盾する二つが、仕組みとして両立していたのです。
ただし、これは一社を深く掘った事例研究であり、紹介された調整の仕組みは2010年代半ば時点のものです。産業や企業が違えば具体的な形は異なると、横井先生自身も述べています。
「作って終わり」の中期計画を生き返らせる ホンダ流・3つの原則
この研究がまず問いかけるのは、自社の中期計画が「作って終わり」になっていないか、ということです。計画は一度の到達点ではなく、更新され続けるプロセスである。ホンダの事例はそう教えます。
ホンダの仕組みからは、規模を問わず応用できる要点が三つ取り出せます。
第一に、長期の構想を持つこと。目先の変化への場当たり対応は、現場の知識や能力の蓄積を壊しかねません。
第二に、現場の最新情報で構想を定期的に更新する仕組みを持つこと。構想への固執も、構想なき対応も、どちらも全体を歪めます。
第三に、個別案件の判断を、必ず長期構想と突き合わせる場を設けることです。
ホンダの1週間サイクルは大企業だからできる、と感じるかもしれません。ですが本質は頻度ではなく、販売・生産・開発が同じテーブルで、同じ長期の絵を見ながら話すことにあります。部門ごとの会議しかない組織では、計画の更新はどうしても年に一度の行事になりがちです。月例の会議に他部門の視点を一枠加えるだけでも、構想を磨く場は作れます。
小さな一歩として、自部門の中期計画に「最終更新日」を書き込み、見直しのサイクルを決めてしまうことをおすすめします。四半期に一度でも、現場の情報で計画に手を入れる場があるだけで、計画は生き返ります。あわせて、個別案件の承認の場に「この判断は中期の構想と整合しているか」という確認を一つ足す。それだけで、日々の判断が長期の絵とつながり始めます。
計画の価値は、当たることではなく、更新され続けることにある。変化の激しい時代の計画論として、示唆に富む一本です。
記事原案 本多佳子
