乗り遅れではなく、対応の形が違った
肉じゃがを作ろうと検索すると、1万件を超えるレシピが並ぶ。選択肢の多さは、いつから選びにくさに変わったのでしょうか。同じ反転が、事業の強みにも起こります。
クックパッドで「肉じゃが」と検索すると、1万2,690品がヒットします。論文の著者が2021年10月時点で調べた数字です。その中には、実際に作るには実用的といえないものも少なくありません。
拓殖大学の足代訓史先生・東洋学園大学の木川大輔先生は、論文「CGM型プラットフォームにおける規模追求がもたらす慣性」で、国内のオンラインレシピサービス市場を舞台にこの現象を検討しています。投資家向け説明資料や新聞・雑誌記事などの公開情報による単一事例研究で、コロナ禍の影響を除くため2019年12月までに期間を限っています。
クックパッドは、一般の利用者が投稿したレシピを集めるCGM(消費者生成メディア)型のサービスで、中身を作るのは運営会社ではなく利用者です。この形で成長し、2018年度にはレシピ数が国内最多の300万品に達しました。ところが平均月間利用者数は2016年度第4四半期の6,416万人を頂点に、3年間で1,000万人超を失って5,251万人まで落ち、営業利益は2017年度から2018年度にかけて約95%減少しています。
同時期に台頭したデリッシュキッチン(2015年9月開始)とクラシル(2016年2月開始)のレシピ総数は、3万本前後。クックパッドの100分の1ほどです。
興味深いのは、クックパッドが新しい技術に乗り遅れたわけではないという点です。2016年11月に動画関連サービスを始め、2017年12月には料理動画を撮影できるスタジオも都内に設けています。それでも流れは変わりませんでした。論文が指摘するのは、対応の有無ではなく、どの形で対応したかの差です。そのスタジオで動画を撮るのは、プロではなく従来どおり一般の利用者でした。対する2社は、管理栄養士や動画編集の専門家を抱えて1分程度の動画を内製し、「誰でも簡単に作れること」に絞り込んでいます。
自社の勝ち方の形のまま、新しい波に乗ろうとした。論文はここに二つの慣性が働いた可能性を示します。動画への需要を認識しながらも「レシピは利用者が投稿するもの」という前提を手放さなかった認知的慣性と、レシピを集める力を長年磨いてきたがゆえに対応がその方向へ引き寄せられた、蓄積した能力による慣性です。
ただし単一事例研究であり、著者らも適用範囲の確認にはさらなる研究の蓄積が必要だとしています。サービスの併用が可能なため利用者の移動も正確には追えず、慣性の働きも断定ではなく可能性の指摘という水準です。
自社のKPIは、いつの成功を測っているか
自社に置き換えるなら、確かめたいことが二つあります。まず、成果指標の点検です。クックパッドは、ページ訪問者数が落ち込んだ後も、レシピ数を事業の成果として投資家に示し続けていました。数そのものは確かに伸びています。伸びている指標があると、事業は動いているように見えます。けれどその指標が測っていたのは、過去の勝ちパターンが生み出す量であって、利用者がいまそのサービスに感じている価値ではありませんでした。自社のKPIは、いつの時代の成功を測っているものでしょうか。長く使ってきた指標ほど、疑う機会は減っていきます。
もうひとつは、新しい取り組みを既存の仕組みの形に合わせていないか、です。「やっているかどうか」で確認すれば、動画サービスもスタジオも用意したクックパッドは対応済みに見えます。けれど見るべきなのは、その中身が変化の本質に届いていたかどうかです。この場合は「わかりやすさ」「探しやすさ」という利用者のニーズでした。新規事業が既存部門の作法のまま設計されていないか、確かめる価値があります。
論文も、実践的な示唆を挙げています。ひとつは、規模が拡大するにつれて、増えた補完品が利用者にもたらす効用はむしろ減りうると意識しておくこと。もうひとつは、一定期間は規模を追ったとしても、その後は規模の大きさだけに頼らず、その過程で蓄えた経営資源を使った多角化、いわゆる範囲の経済性も模索することです。
1万2,690品という数字は、20年あまりをかけて積み上げた強さの証でもあります。その強さが、どこで重さに変わるのか。増やしてきたものを一度疑ってみる視点を、この研究は差し出しています。
記事原案 本多佳子
