守ってくれる相手を失って、動き出した
有力者とのパイプは、企業にとって資産である。多くの人がそう考えます。では、そのパイプが突然切れたら何が起きるのか。中国で、その答えに近づける出来事が起きていました。政治とのつながりは、経営資源のひとつとして語られてきました。許認可が通りやすくなる、情報が早く入る、補助金の口が開く。失えば不利になる、という理屈です。ところが研究の世界では、政治的なつながりがイノベーションを促すのか妨げるのかで、結論が割れていました。
北京大学のWeiguo Zhong先生と香港科技大学のYanfeng Zheng先生は、論文「Do political connections stifle firm innovation? Natural experimental evidence from China’s anti-corruption campaigns」で、この問いに別の角度から迫りました。着目したのは、つながりが「ある」ことではなく、突然「失われる」ことです。
中国の反汚職キャンペーンで高官が摘発されると、つながっていた企業は意図せずパイプを失います。摘発は予告なく行われるため、企業側の事情とは無関係な出来事として扱えます。分析対象は上海と深圳の株式市場に上場する製造業2,371社、うち341社がつながりの喪失を経験しました。のべ17,542社×年のデータで、失った企業と失わなかった企業を比べる差の差分析を行っています。
結果は、「政治的なつながりは、企業のイノベーション活動を妨げている」という見方を支持しました。パイプを失った企業は、失わなかった企業に比べて発明特許の出願が14%多かったのです。しかも、摘発の1か月前まで官僚がテレビや新聞に姿を見せていた、つまり本当に不意打ちだった場合には、効果はさらに大きく出ていました。
ただし、ここには重要な但し書きがあります。増えたのは特許の「出願」であって、実際に登録された特許の数には有意な差が出ませんでした。著者らは、企業がイノベーションへの努力を大きく増やしたことは確かだが、意味のある成果を簡単に手にできたわけではない、と述べています。
効果が出る条件も限られていました。競争の激しい業界の企業と、技術知識の蓄積が多い企業では効果が確認された一方、競争が緩い業界と知識の蓄積が少ない企業では、有意な差が出ていません。追い込まれても、動ける手札がなければ動けないということです。
なお著者らは、逆の効果を主張する研究が誤りだと結論づけてはいません。反汚職キャンペーンという衝撃そのものが結果に影響した可能性も、データの制約から排除できないとしています。対象は中国の上場製造業であり、制度の異なる国にそのまま当てはまるとは限りません。
守られている状態を、疑ってみる
制度も国も違いますが、この研究をヒントに自分の仕事に置き換えてみると、ふたつの視点が見えてきます。
守られている状態が、動かない理由になっていないか
この研究で企業を動かしたのは、新しい機会ではなく、頼れる相手を失ったことでした。安定した大口顧客、長年の取引先、社内で融通の利く部署。守ってくれる存在があるうちは、別のやり方を探す切迫感は生まれにくいものです。取引先を売上順に並べて、上位3社が全体の何割を占めるかを出してみる。その3社が来期いなくなったとして、代わりに何をするか。すぐに答えが出ないなら、それが依存の深さです。そしてこの点検は、依存が問題として表面化する前にしか意味を持ちません。失ってから数えるのは、事後報告にすぎないからです。
切迫感だけでは足りない
この研究で効果が確認されたのは、競争が激しく、技術の蓄積がある企業でした。追い込まれれば人は動く、という単純な話ではありません。動ける手札がなければ、危機感は空回りします。しかも、この研究では出願が増えても登録は増えませんでした。慌てて動き出しても、成果になるまでには時間がかかるということです。本業と関係のない領域の情報に触れておく、小さな試作を回しておく、社外に相談できる相手を持っておく。四半期に一度、本業から最も遠い場所に足を運ぶ時間を予定に入れる。それくらいでも蓄積は始まります。いざというときに使える手札は、危機が来てからでは揃いません。
守ってくれるものを失った企業が、かえって前に進んだ。その事実は、いま守られている側に問いを投げかけます。それは支えなのか、それとも動かなくてよい理由になっているのか。区別がついているうちに、確かめておきたいところです。
