イノベーション論の元祖、シュンペーター。
滋賀大学の御崎加代子先生は、論文「ワルラスからシュンペーターへ―アントレプレナーシップの歴史的・思想的背景―」でシュンペーターが確立した「企業者(entrepreneur)」理論の起源を探り、彼が影響を受けたワルラス、さらにはセーやカンティロンらの思想との関係を整理することで、現代アントレプレナーシップ論の歴史的・思想的背景を紐解いています。
歴史の整理
フランス経済学の系譜をまとめると、以下のように整理できます。
| 時代 | 経済学者 | 主な著作 | 企業者概念の特徴 | 後世への影響 |
| 18世紀前半 | リチャード・カンティロン (1680?–1734) | 『商業試論』(1755) | 初めて企業者を論じる。「不確かな生計の人々」。リスクを負い自由に活動する者(農民・商人・職人から乞食や盗賊まで含む)。市場を動かす主体。 | セー、シュンペーターに影響を与えた。 |
| 19世紀初頭 | J.-B. セー (1767–1832) | 『経済学概論』(1803) | スミスに企業者概念が欠けていることを批判。「インダストリィ」の担い手として、知識を応用しリスクを負う主体を企業者と定義。資本家の利子とは異なる利潤を受け取る。社会再編と産業革命推進の中心的役割。 | ワルラスに大きな影響を与えた。 |
| 19世紀後半 | レオン・ワルラス (1834–1910) | 『純粋経済学要論』(1874–77、1900年版) | 一般均衡理論に企業者を組み込むが「ゼロ利潤企業者」と仮定。企業者は現実の人間ではなく均衡を導くための「機能」。一方で社会経済学や応用経済学では国家が企業者役割を担う「企業者国家論」を展開。 | シュンペーターに強い影響を与えた。 |
| 20世紀前半 | ヨーゼフ・シュンペーター (1883–1950) | 『経済発展の理論』(1912/1926)、『資本主義・社会主義・民主主義』(1942) | 企業者は「新結合」を実行する存在。利潤は一時的で模倣により消滅。「創造的破壊」を伴い、資本主義を推進するが、成功するほど企業者機能は官僚化・自動化し、やがて社会主義に移行すると論じた。 | 現代のイノベーション論・アントレプレナーシップ論の源流を形成。 |
ワルラスからシュンペーターへ
これをふまえ、シュンペーターと、彼に最も影響を与えた経済学者であるワルラスの論を見比べてみると、以下のように整理ができます。
ワルラスの「ゼロ利潤企業者」
ー企業者はシーソー|「バランスを取るための歯車」であるー
・ワルラスは『純粋経済学要論』(1874–77)で一般均衡理論を構築し、その中に「企業者」を位置づけた。
・企業者は土地・労働・資本を組み合わせて生産を行うが、最終的には販売価格と生産費用が一致し、利潤はゼロになると仮定された。
・つまりワルラスの企業者は、現実の人間というよりも、均衡を成立させるための機能的存在 とされ、理論上の役割に限定されていた。一方で、社会経済学や応用経済学では、独占が進む現実を背景に、国家が企業者の役割を担うべきだとする「企業者国家論」を提唱した。
シュンペーターの「新結合」と創造的破壊
ー企業者はジェットコースター|「変化を起こして経済を前に進める者」であるー
・シュンペーターは『経済発展の理論』(1912/1926)において、企業者を 「新結合」を行う主体 と定義した。
・新結合には「新しい財の生産」「新市場の開拓」「新しい組織の形成」などが含まれ、利潤はこの新結合に成功したときにのみ得られるが、模倣者が現れることで一時的なものにすぎない。
・晩年の『資本主義・社会主義・民主主義』(1942)では、この新結合を 「創造的破壊」 と呼び、資本主義の発展そのものが企業者を不要にし、やがて社会主義に移行するという逆説的な資本主義論を展開した。
ワルラスからシュンペーターへの思想的転換
・シュンペーターはワルラスを最も尊敬する経済学者と位置づけつつ、彼の「静態的均衡理論」に不満を抱いた。
・ワルラスの企業者は利潤を得ない均衡維持的な存在であったが、シュンペーターはそこに「均衡を自ら攪乱するエネルギー」を導入し、企業者を動学的な経済発展の原動力とした。
・つまり、ワルラスの均衡モデルを基盤にしながら、それを「破壊」する主体として企業者を再定義した ことが、シュンペーターの最大の貢献である。
まとめ
ワルラスが描いた均衡モデル(シーソー)を、シュンペーターは「破壊」する企業者を導入して動態理論(ジェットコースター)へと転換し、その流れが現代のアントレプレナーシップ論の源流となったのです。
このような歴史的・思想的背景の整理をすることは、アントレプレナーシップの原点を理解することに有益でしょう。
記事原案 こず
